ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

Hさんのこと

PHP総合研究所社長
江口克彦
 組織のトップになってくると、どうしても一人で仕事をしきれなくなってくるから、勢い秘書を使うようになる。
 おおむねすべての仕事はその秘書を通して社長に伝わり、社長の指示で処理されていくようになる。要するに仕事の窓口、受け付けはすべて秘書ということになる。端的に言えば、社長の「顔」の役割をする。
 従って秘書がよければ、対外的に社長の印象もよくなり、悪ければその印象も悪くなる。人間的な魅力も求められる。それだけではなく、社長の考えていること、動きを察して先手の行動をとらなければならない。
 要は社長の「かゆいところに手が届く」機転と行動が必要になってくる。だからといって、社長の前に出てはいけない。つねに透明でつねに黒子に徹しなければならない。そのような「出来る秘書」に恵まれることは容易ではない。
 私事で恐縮だが、私の秘書のHさんは、その容易ではない秘書の一人と言える。表情がいつも誰彼差別することなく笑顔、いつも「ありがとうございます」と丁寧に応える。およそ彼女の怒った顔はみたことがない。相手が出入りの業者であろうと、世間的に相当な立場の人にも、もちろん私に対してもつねに笑顔で接する。
 気配り心配りも、私が感心するほど行き届いている。私の気持ちを察して手はずを整え、行動してくれる。しかし、その言動はつねに控えめ、謙虚である。彼女の内外からの評判もすこぶる高い。
 しかし、他社の秘書の中には、社長より前に出る、何か自分が社長を動かしているような、高圧的な秘書もいる。そういう秘書に接すると「その社長の顔が見たい」と思ってしまう。秘書で社長が判断されるのである。まさに「秘書、恐るべし」である。
 Hさんが私の秘書であることのありがたさを私はしみじみと感じている。


えぐち かつひこ氏 1940年名古屋市生まれ。
慶応義塾大法学部卒業。松下電器産業入社後、PHP総合研究所秘書室長、副社長などを経て2004年同研究所社長に就任。
著書に「心はいつもここにある―松下幸之助隋聞録」ほか。