ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

お年ごろ

コラムニスト 木下明美
 物忘れ、名前が出ないといった場合に、「お年ごろですね」と、冗談で言うことがあります。渡辺謙主演の『明日の記憶』で、名脇役ぶりが光った香川照之が「お年ごろですね」と謙さんに冗談で言いました。実はそれは49歳で認知症の一症状だったのです。こんな年でこんな病気になるとは許せない! 悔しいでしょう。「スロー グッドバイ」(特効薬はないのでスローに世間から夫はグッドバイしますとのレーガン元大統領のナンシー夫人のコメント)をどう生きるか、どう支えるか? 夫婦親子職場ものがたりなのです。
 妻役は樋口可南子。記憶が段々なくなってゆく夫を見たくない。その恐怖感。「私が大変だったときに、あなたは何の力にもなってくれなかったじゃないの!」と病気とは知りつつ、今まで言えなかったせりふをはく妻が、悲しい。でも、ともに生きてきた戦士なのだから、ともに生きるより仕方がない。寄り添って行けるところまで一緒に行こうと思う妻。
 せめて一人娘の結婚式までは現役でいて、娘たちに頼まれたスピーチをちゃんとしてやりたい。婚礼のシーンは当事者のように緊張し、泣かされました。もう少し早く希望退職していれば退職金も部長としてもらえたのに、家族のためにあえてとどまって閑職に付き、やり手の部長に何があったのといぶかられながら引き延ばしての晴れの日だったのです。
 「お年ごろ」は、親の明日かも? もちろん、私の明日かも? そういう恐怖と不安にかられずにはいられない、良いものを作ればたくさんのひとが見てくれる、確実に今年の邦画ベスト3でしょう。蛇足ながら、私としては、この映画は妻が支える側ですが、逆に、夫が妻を支える倍賞美津子主演の『ユキエ』(松井久子監督)もぜひご覧いただきたいものです。


きのした あけみ氏 1946年京都府生まれ。大阪女子大国文学科卒業。本の情報誌「ウイメンズブックス」初代編集長を経て、現在はコラムニスト・ジャーナリストとして活躍中。著書に「女の言葉が男を変える」など。