ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

老いは円熟じゃ

総合人間研究所所長
早川一光
「それじゃ、先生もう一度聞くが、年をとったらどうしてあんなにシワだらけになるんです? みっともない! 体が弱った証拠―」
「ちがう! ちがう! 老いは衰でなくて“熟”じゃ−」
「何がシワが円熟ですかいな?」
「いや! 人間のシワはな、そのお人がそれまで乗り越えてきた“苦労の数”だけ、シワが寄ってくるんや!
考えてみ、そのお方が70年も80年もこの世に生きてきたんや、並大抵でない、他人にはいえん苦労や、もういっそ死んでしまいたいと思うほどのいやな事も、歯を食いしばって乗り越えてきはったんや−。
“ドンナ坂、コンナ坂”と…。
その乗り越えた苦労の数だけ、シワになる。数えてみたら32もある!」
「シワ、サンジューニって、いうんでっしゃろ」
「それが分かってたら、すぐ笑え!」
「シワが寄ってこそ、シワワセ−」
「うーん…そういわれれば…」
「これからは、ご町内の“ウメボシのようなオバーチャン”を見たら、つくづくとお顔を眺めて、“偉いお人やナアー”と思え」
「なるほど…。
老いは衰弱でなくて、円熟でっか? そんなら、歯が抜けて、みんな“入れ歯”を入れてもらいに行くのは何ででっしゃろ?」
「あれはかむための歯ではない。
嫁とケンカをする時に、しっかりと入れてケンカするんや。
歯を入れずにものをいうと、モグモグとなって、何をいうとんのか分からんようになる。
それにな、年をとると、ホンマ、いやなコト、腹の立つコト、くやしいコトって一杯出てくる。それをグッと、歯をくいしばってガマンする時に、歯がどうしても必要や。
歯がなかったら、歯ぎしりも出来ん−。
全く、歯無しにならん…」


はやかわ かずてる氏 1924年愛知県生まれ。
京都府立医科大卒業。50年、西陣に住民出資の診療所創設。その後、堀川病院に発展し、院長、理事長を歴任。南丹市美山町の診療所長も務めた。著書に「わらじ医者京日記」など。