ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

飲ミュニケーション

PHP総合研究所社長
江口克彦
 先日、ある友人と話していると、その友人が若いころ、嫌な上司がいて、仕事が終わると、酒に付き合えと言ってくる。行きたくないが、そう毎回毎回断るわけにはいかない。酒好きの上司は、彼を連れて行き、酔うほどにお説教を始める。上司はそれを酒を飲みながらのコミュニケーションだと思っているらしい。そして仕事や会社の方針など話し、俺は君を教育しているなどとろれつの回らない口で言う。そういう上司を彼はいつも心の中で軽蔑(けいべつ)していたということだった。
 友人の話を聞きながら、およそ酒を飲まなければ、部下の教育はできないとか、こころ打ち解けて話できないなどと思っている上司は下の下である思った。飲ミュニケーションという言葉があって、仕事のこと、部下指導のことなど、酒を飲みながらやることがいいと考え行っている上司たちが多いようだが、そういうことは仕事の中で、仕事を進めながら行うべきであろう。
 私が長年仕えた松下幸之助は、仕事のことは仕事の上で、私の指導は仕事時間内できっちりと行い、食事に連れて行ってくれたときには、なるほどと感心するような話で私を楽しませてくれた。堂々たる上司はそういうものだと思う。
 司馬遼太郎の『坂の上の雲』のなかに、こういう件(くだり)がある。「『このごろは陸軍の連中と飲んどるそうじゃないか』(秋山)好古は(弟)真之が陸軍の若い参謀たちとしばしば会合を持ち、ロシア情勢を論じ、政府の軟弱をののしり、主戦論的な気炎をあげていることを耳にしていた。『酒を飲んで兵を談ずるというのは、古来下の下だといわれたものだ。戦争という国家存亡の危険事を、酒間であげつらうようなことではどうにもならんぞな』」


えぐち かつひこ氏 1940年名古屋市生まれ。
慶応義塾大法学部卒業。松下電器産業入社後、PHP総合研究所秘書室長、副社長などを経て2004年同研究所社長に就任。
著書に「心はいつもここにある―松下幸之助隋聞録」ほか。