ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

終わりの始まり

コラムニスト 木下明美
「終わりの始まり」はチャーチルが第二次大戦中に言った言葉としても有名ですが、悪いことの始まりにも使います。特にわが家では。

暮れも押し詰まったころ、夫が言いました。「来年はおばあはんの法事せんならんなあ」

夫の母親は阪神大震災の年に亡くなったので13回忌に当たります。26年一緒に暮らし、いろんなことを教えてくれました。それも押し付けるのでなく、聞いたら教えてくれるのでした。そのおかげでよそ者の私が何とか京都人の中に入れていただいています。そして、「私が寝付いたら頼むえ、頼むえ。あんたが頼り」が義母の口癖でした。

義母は最晩年まで自分の小さなキッチンで煮炊きもして、自立心旺盛なひとでしたが、寝たきりになったら面倒を見てあげなくちゃと覚悟は出来ておりました。最後の入院中は私の仕事のちょうど最盛期で、夫の方が頻繁に病院に通ってくれました。泊まりがけの講演依頼が入ったのでお受けしようかどうかちゅうちょしている私に、夫は「行ったら! 子どもたちを手伝わせて何とか(葬式を)済ませておくから」と言ってくれました。幸い(?)Xデーは夫婦とも京都に居る日で、夫は講義を中断して駆け付けました。義母は毅然(きぜん)と「白鳥の歌」を残して91歳で逝きました。

年が改まって松の内が過ぎたころ、夫がポツリと言いました。
「誰の法事するのやったかいな?」
〈出たーっ「終わりの始まり」だ〉
とっさにそう思いましたが、気を入れて法事をしようと思っていただけに、思わず言っちゃいました。
「あなたの法事よっ!」 すると夫が憮然(ぶぜん)として言いました。
「ワシも出(席し)てええのか?」
新春早々から私たちはアカタン、いえ、スカタン夫婦です。



きのした あけみ氏 1946年京都府生まれ。大阪女子大国文学科卒業。本の情報誌「ウイメンズブックス」初代編集長を経て、現在はコラムニスト・ジャーナリストとして活躍中。著書に「女の言葉が男を変える」など。