ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

『魂萠え!』に寄せて

コラムニスト 木下明美
 かつて東京で一人暮らしを始めることになった息子が、「ひとの気配のする」所で暮らしたい!と名言? を吐いて、4LDKのマンションに友だち4人で住み始めました。そして昨春、「妻の気配のする」暮らしをスタートさせ、母の私も昨春、定年を迎えた「夫の気配のする」暮らしに移行しております。

 桐野夏生の中年女性への応援歌的小説『魂萌え!』が、風吹ジュン主演で映画化されました。定年退職した夫が急死し、夫への見知らぬ女からの電話、長男長女との相続問題など60歳を前にして人生の番狂わせ。主人公、敏子の世間知らずぶりにあきれながらも、ひとごととは思えないリアリティーに感心することしきり。

 加齢とは、熟成とは裏腹にいろんなものを失うことも多く、体力、知力、お金、尊厳、数えだしたらキリがないほどの喪失との戦い。老いて得るものがあるとしたら、それはいったい何なのだろう? 今までの人生をリセットして「燃えよ魂、風よ吹け」とばかりに世間と格闘しながら変貌を遂げていく敏子の姿には誰しも共感を覚えることでしょう。まさにわが同世代の成長小説なのです。

 恥ずかしながら私は一度も一人暮らしをしたことがありません。私の母親(故人)は60歳を前にして夫(私の父)を亡くしています。当時私は30代半ばで、自分の生活で精一杯で、とても母のことを思いやる余裕はありませんでした。それに母はまだ若いという甘えもありました。しかし、私はその歳を超えてようやくその境遇にならないとわからないことがわかるようなりました。これからも自分の生活圏内だけでなく、本や映画そして世間話などにもアンテナを張り巡らし、感受性と知性を萎(な)えさせないようにしたいものです。


きのした あけみ氏 1946年京都府生まれ。大阪女子大国文学科卒業。本の情報誌「ウイメンズブックス」初代編集長を経て、現在はコラムニスト・ジャーナリストとして活躍中。著書に「女の言葉が男を変える」など。