ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

病人が患者になれない国!?

佛教大教授 岡崎祐司
 「子育て支援が大切だといわれますが、産婦人科がなくなってきていることを何とかしなければ、支援する子どもがいなくなってしまいます」

 先日、ある子育て支援の会議で参加者の女性からいわれた。都市部に住む彼女が地域で妊婦さんの支援マップをつくろうとしたら、以前に比べて大幅に産婦人科が減っていた。産婦人科不足は田舎だけの話ではないのだと、危機感をもったという。

 医師不足は、全国に広がっている。わたしは、10年近く過疎地の高齢者生活の調査をやっているが、診療所の撤退など地方の地域医療の後退も深刻だ。だが、医師不足は突然に始まったことではない。医療費の抑制を至上命題とし、医師過剰論にとらわれてきた政策を続けてきたこと、つまり行き過ぎた医療費抑制政策がもたらした結果の一つだと思う。

 統計上の国民医療費は、医療機関で行われる社会保険診療の医療費と公費負担医療の総額である。国民医療費を抑制するために行われるのは、患者負担の増大や保険診療の制限である。患者負担が増えていけば負担に耐えられない病人は、患者になることすらできなくなる。保険診療の内容が厳しく制限されれば、入院を続けることができないなど行き場のない病人が増え、在宅の介護費用の増大をもたらす。国民医療費抑制が、個人の医療費負担軽減につながるわけではない。またこうした抑制策は、医療機関の経営も悪化させる。

 医療費抑制は当然の方針と思われがちだが、すでに日本の総医療費の対GDP比はOECD加盟国のなかで17位程度であり、医師や看護師など医療従事者の苛酷な業務を代償に、効率的で効果的な医療を実現してきたとさえいえる。国民医療費が野放図に膨張してもよいわけではないが、患者負担増大と保険診療の制限には限界がある。医療保険改革は国民の命を守るためであって、国民から医療を遠ざけるためにあるのではない。

 病人が患者になれない国になることは、避けなければならない。


おかざき ゆうじ氏 1962年京都市生まれ。佛教大大学院博士後期課程単位取得満期退学。同大助教授を経て、社会福祉学部教授。専門は福祉政策、地域福祉。著者に「現代地域福祉論」「現代福祉社会論」など。