ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

何というタイミング

精神科医 定本ゆきこ
 初めて自分の車を運転して広島に往復することになった朝、車を見ると、何とタイヤが1本パンクしてぺちゃんこになっているではないか。急きょ業者を呼び調べてもらったところ、太いネジがタイヤにまっすぐ突き刺さっていることが分かった。そういえば2週間ほど前、運転中にがくんがくんと衝撃を感じたことを思い出した。あの時ネジが刺さり、少しずつ空気を漏らしていたのか。それにしても、何というタイミングだろう。昨日まで普通に走っていた車、このままパンクに気付かずに高速道路に乗っていたらどうなっていたことか。

 また守っていただいた。私は、この偶然のおかげで命拾いしたことにほっと胸をなでおろしながら、感謝と畏敬の念でいっぱいになる。これで何度目だろう。誰もがそうだと思うが、私も、これまでの人生の中で幾度か、危ない局面から守られてきた。目に見える危険だけでなく、迷いの多かった若いころ、この世の深い罪や業の闇の中に陥りそうになった時、今思うとすんでのところで助けあげられてきたことを思い出す。それは、今回のように、時の流れの偶然のタイミングだったこともあるし、人との出会いによることもあった。

 在る時と場所の連なり、人との出会いと別れ。それらは全てどこかでつながり合い、かかわり合っている。縁という不思議なつながりで結ばれて、影響しあって、この世は流れ、動いていく。だから、全ての事には理由があるし、意味のないことなどないという。小さな今日一日の生き方が、大いなる明日につながっている。それならば、より良い方へ、明るい方へと祈りながら歩んでいたい。

 まだこの世に生きて、心して働きなさいということか。小さな偶然の出来事だったけれど、今日の日を大切に、出会う人に心をこめてと、大いに励まされる気がした。


さだもと ゆきこ氏 1960年岡山県生まれ。奈良県立医科大卒業。淀川キリスト教病院などの臨床研修を経て、京都大学病院精神科入局。91年から京都少年鑑別所勤務。著書に「子どもの姿と大人のありよう」「子どもの心百科」(以上共著)など。