ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

少年非行と世の中

精神科医 定本ゆきこ
 私は、少年鑑別所というところで仕事をしている。20歳に満たない子ども(少年)が罪を犯した時、その理由を、子どもの資質や環境を詳しく調べながら、科学的、個別的に解明する。そして、この少年が再び同じ行動、すなわち再非行を犯さないために、社会や周囲の大人はどうすればよいのかというところまで考える。それが、鑑別という仕事だ。

 「少年非行は、世の中の歪(ゆが)みを映し出す鏡である」という言葉がある。確かに、戦後からこれまでの非行の移り変わりを見ると、その時代ごとの社会を覆う矛盾や問題が反映されていることが分かる。例えば、昭和20年代、少年非行が大変増えたのは、戦後の混乱期の貧困や社会秩序の崩壊を反映していたし、昭和40年ごろのそれは、高度成長とともに産業構造が変わり、人々の居住環境や生活基盤が大きく変わったことと深く関係している。

 一つの社会に存在する歪みは、まず一番弱いところに影響を及ぼすものだ。それは家庭においても同様である。軋(きし)みや歪みが解決されないままにあると、最も弱い存在である子どもをしだいに圧迫し始める。それが思春期になり、問題行動や何らかの症状になって現れるということがあるのだ。

 今に世の中、大人にとっても生きていくのは大変だ。経済的な問題、健康上の心配、そして家庭内外の人間関係。鑑別という作業の中で、非行少年を見ていると、必ず家庭や社会のありようが見えてくる。例えば、この経済中心の消費社会、情報化社会、成果主義社会の中で、大人も生きあえぎながら、いつしか子どもを利用し、犠牲にしていないだろうか。子どもが健康に育っていくために必要な手助けを、忙しさや余裕のなさのために、できていないのではないか。

 少年非行は、紛れもなく、私たち大人の問題でこそある。


さだもと ゆきこ氏 1960年岡山県生まれ。奈良県立医科大卒業。淀川キリスト教病院などの臨床研修を経て、京都大学病院精神科入局。91年から京都少年鑑別所勤務。著書に「子どもの姿と大人のありよう」「子どもの心百科」(以上共著)など。