ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

DVの中の子ども

精神科医 定本ゆきこ
 DV(家庭内の暴力)のある家庭に育つ子どもは、心に深刻な負担を強いられる。子どもにとって、共に大切な親である父と母の、冗談ではない諍(いさか)いを見るのはつらいことだ。まして、誰よりも親しい存在である母親が、他ならぬ父親から殴られたりけられたりしている様子を目の当たりにすることは、胸が引き裂かれ存在が押しつぶされるほどの事だろう。

 日常の、ほんのささいなことをきっかけに突如始まる暴力。それがいつまた起こるかという不安と恐怖で、暴力を受ける側の心中は安らぐことがない。心に余裕を失い、母親として子どもの養育に十分な心血を注ぐことができなくなってしまう。また、妻(女性)という、自分より弱い者に暴力を振るえる人は、しばしば子どもにも同じ事をしてはばからない。直接自分に向けられる暴力にもおびえ、その不安を受け止めてもらう術(すべ)もなく、結局、子どもは、幾重にも問題の重なった人間関係の中で、息を潜めながら生活することになってしまうのである。

 また、家庭内の暴力は、加害者、被害者双方によって、外に対しては厳重に隠されるものだ。子どもは、他人に決して知られてはいけない秘密の目撃者、あるいは共犯者として、心に重い負担を背負うことになる。自分は他人とは違うという違和感や、周囲との間の深い溝を常に感じてしまい、人付き合いに支障をきたすことも少なくない。

 さらに、暴力という著しい人権侵害が、家庭の中に居座り、何年も正されることがない場合、子どもは何が正しいのか、何が良いのか悪いのか、わけが分からなくなってしまう。善悪の判断基準も正義への意志も、その形成過程において混乱してしまうのだ。

 子どもの心の健やかな発達を、根底から阻害するDV。それは虐待にも匹敵する。そもそも、すべての子どもは子どもとして、屈託ない笑顔を浮かべながら、安心して過ごす権利がある。それを守ること、取り戻すことは、親のみならず、社会の責務であると思う。


さだもと ゆきこ氏 1960年岡山県生まれ。奈良県立医科大卒業。淀川キリスト教病院などの臨床研修を経て、京都大学病院精神科入局。91年から京都少年鑑別所勤務。著書に「子どもの姿と大人のありよう」「子どもの心百科」(以上共著)など。