ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

信頼できる大人がいれば…

精神科医 定本ゆきこ
 その少年は、学校で問題児だった。勉強には集中できず、かっとなって乱暴を働くこともある。一度、自分には覚えのないことでしかられたために、思わず先生に暴力を振るってしまった。警察に逮捕され、法的な処分を受けたことで、さすがに反省したようである。それからはけんかをやめ、短気な性格を直そうと彼なりの努力をした。

 中学校の最終学年になり、彼は学校に戻りたくて、毎朝制服を着て学校に行った。しかし、その度、何しに来た、帰れと先生たちに追い返された。1カ月そういうことが続き、行き場所を失った少年は、不良仲間と夜遊びを繰り返す毎日に、舞い戻ってしまった。卒業式にも出席できないままに義務教育を終え、この春から仕事に出ている。親方から筋が良いと褒められたのを励みに、新たな目標を持てたことは幸いなことだった。

 けれども、この少年にとって、大切な学校生活を取り戻すことは、もう出来ない。学校とは、彼を排除した場所としてしか、思い出に残ることはないのか。しかし、彼が書いてくれた作文を読み、私は救われる気がした。

 「学校に1人だけ、僕の話を聞いてくれる人がいました。僕が悪くないのに、他の先生は僕が悪いと言っている時でも、その先生は僕の話を聞いてくれたし、相手がおかしいときは相手を怒ってくれました。その先生だけは、僕は、いい先生やなあーと思っていました。勉強もわからへん所があると、学校の時間だけじゃなく終わってからも教えてくれてました。こんな先生がいっぱいいたら、僕みたいな子は、まじめになると思います。すくなくても、自分の気持ちを言えるようになると思います」

 少年たちから、このような先生の話を聞くとほっとする。たとえ1人だけでも良い。子ども時代に、信頼できる大人に出会えたことで、彼は人生と社会に絶望しないで歩んで行ける。自分を肯定して生きていくことができる。学校に、この先生がいてくれてよかった。  


さだもと ゆきこ氏 1960年岡山県生まれ。奈良県立医科大卒業。淀川キリスト教病院などの臨床研修を経て、京都大学病院精神科入局。91年から京都少年鑑別所勤務。著書に「子どもの姿と大人のありよう」「子どもの心百科」(以上共著)など。