ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

見えない絆に守られて

精神科医 定本ゆきこ
 数年前の正月明け、九州の小倉駅から新幹線に乗った。故郷で正月を過ごした人々でごった返す車内の、自由席はすでに人の入り込める余地がなく、指定席車両の通路に立たざるを得ない状況だった。私は、3時間立ちっぱなしになることを覚悟したが、近くのシートの並びの2席が空いているのに気付いていた。しばらくして、傍に立つ女性と何となく言葉を交わし、席の所有者が乗って来るまでの間だけでも座っていましょうと、一緒に腰を降ろした。

 女性は、滋賀県に住む母の訃報を受け、急きょ新幹線で実家に戻るところだった。九州に嫁ぎ、3人の子どもを育て上げているその女性は、急なことで指定席も取れず、とりあえず家族を置き、一人で故郷に向かっていた。憂いをたたえてはいるが、穏やかな表情で、その女性は、母がどのような人であったかを私に話し、優しい母の気遣いにずっと支えられてきたことを懐かしんだ。そして、誰も知り合いのいない遠方に嫁ぎ、子どもが生まれ、無我夢中で子育てをしてきた苦労や喜びを、私たちは互いに聴き、語り合った。

 そうこうしているうちに、3時間があっという間に過ぎ、気が付くと新幹線は京都に着いていた。私たちの座った2席は、結局誰も座りに来なかったのだ。私たちは幸運に驚き、思いがけず与えられたこの交わりの時間を感謝した。その女性は、瞳を潤ませながら、けれども確信に満ちて、「母が守ってくれたんだと思います」と私に言った。

 論理的には、単なる偶然だろうし、それならそれでよい。しかし、このような時に、あの人が守ってくれたと確信できる人は、幸いな人だという気がする。人が時に陥る孤独や孤立の深淵(えん)から、目に見えない絆(きずな)によって救われている。そして、親子といえども、共にこの世で過ごせる日々は限られている。この女性の母のように、離れてから、そして死んでからも子どもを守り続ける絆を結べるように、今、心して関係を築いておきたいものだ。  


さだもと ゆきこ氏 1960年岡山県生まれ。奈良県立医科大卒業。淀川キリスト教病院などの臨床研修を経て、京都大学病院精神科入局。91年から京都少年鑑別所勤務。著書に「子どもの姿と大人のありよう」「子どもの心百科」(以上共著)など。