ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

ほめられることの大切さ

精神科医 定本ゆきこ

 彼は元来やんちゃで元気な男の子。小さい時からじっとしていることが苦手であった。学校では、気が散りやすく飽きっぽいので、課題に根気よく取り組めない。先生からは、落ち着きがない、集中力がないとしかられてばかりだった。家庭では、早くに父と別れ、母も彼を置いてどこかに行ってしまった。祖父母の家で育てられるのだが、酒癖の悪い祖父と祖母のけんかばかりを見ながら、彼は育った。

 落ち着いて学習に取り組めるわけもなく、みるみる勉強は落ちこぼれていく。できなければ、やる気もなくなる。授業をエスケープするようになった彼を、周りはますます問題児と見なしていった。中学生になったころには、ダメな自分、できない自分が定着し、どうせ自分なんかという投げやりな気持ちで、どんどん非行を深めていった。

 少年院に収容され、分数も理解できていなかった彼は、小学2年の課題から、プリント学習を毎日繰り返した。もともと、やればできる子である。次々に課題を達成し、半年たったころには、中3の数学に取り組んでいた。進級テストに合格するたびに、教官の先生たちからどっさりほめられる。ほめられて、自分でもやればできるんだと自信を持てた彼は、次の課題にさらに積極的に向かうことができたのだ。

 半年振りに会う私に、彼は、将来の目標ができたと言う。何と問うと、恥ずかしそうに、学校の先生になりたいと明かし、中学2年の時の体育の先生の話をしてくれた。体育は少年にとって唯一の得意科目。その先生は、授業のたびに、「おまえはうまいなあ」と、ほめてくれたそうだ。家でも学校でもほめられたことのない彼は、その先生にほめてもらうのが本当にうれしく、誇らしかったことが今も忘れられないと言う。自分のような子が学校にはきっといる。その子らに、あの時の自分と同じような気持ちにさせてあげられる体育の先生になりたいと、彼は言った。

 ほめられることは、存在を認められ、肯定されることである。それは、かくまで子どもの顔を輝かせ、人生を変えていく力を持つのだと、感動した。

さだもと ゆきこ氏 1960年岡山県生まれ。奈良県立医科大卒業。淀川キリスト教病院などの臨床研修を経て、京都大学病院精神科入局。91年から京都少年鑑別所勤務。著書に「子どもの姿と大人のありよう」「子どもの心百科」(以上共著)など。