ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

薬物の恐ろしさ

精神科医 定本ゆきこ

 最近、再び若者の間で薬物の乱用が広がりを見せているという。困ったことだ。法律で、使用も所持も禁じられている薬物が、これほど出回っている背景には、それを資金源に暗躍する大人たちがいるに違いない。

 薬物は、子どもの心身の発達に計り知れない悪影響を及ぼす。子どもが大人になっていく多感な成長期に、薬物を使ったらどうなるだろうか。覚せい剤、シンナー、大麻などの薬物は、人の中枢神経に直接作用して、快感をもたらす働きを持っている。何もしないでも、その薬を体内に入れるだけで、強い快感を得てしまうことに慣れてしまうと、一つの目標に向かって、つらい練習に耐えて頑張ったり、先にある楽しみや達成感を得るために、あえて今苦しいことを我慢して乗り越えるというようなことができなくなってしまう。

 勉強やスポーツ、仕事や趣味、恋愛といった、およそ人が生きがいや人生の意味を見いだすものには、自分なりの目標や夢を抱き、それに向かって努力を重ね、スキルアップしていくことで自信を付けていくというプロセスがある。そのようなプロセスをたどっていくことが、薬物に耽溺(たんでき)してしまうと、できなくなってしまうのだ。

 大人になってからアルコール依存症になり、仕事や家庭、すべてを失ってしまった人が、治療によって回復していく過程とは、アルコールなしで人生を楽しみ、人とかかわり充実した時間を過ごすことのできた元の自分を取り戻すことだ。しかし、10代で薬物依存症になってしまった場合、取り戻すべき自分がどこにもいないのである。薬物には、たばこやアルコールをはるかに上回る強い依存性がある。もはや、薬物なしで、時を過ごすことができない状態になってしまうのだ。

 思春期に薬物依存症になってしまうと、大人になれない、人間になれないという深刻な後遺症を引きずる。あまりの苦しさに自ら命を絶つ例は後を絶たない。急性中毒や事故で命を落とす場合もある。薬物依存症とは、まさに、死に至る病なのである。

さだもと ゆきこ氏 1960年岡山県生まれ。奈良県立医科大卒業。淀川キリスト教病院などの臨床研修を経て、京都大学病院精神科入局。91年から京都少年鑑別所勤務。著書に「子どもの姿と大人のありよう」「子どもの心百科」(以上共著)など。