ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

「奪労働」社会で問われる信頼

佛教大教授 岡崎祐司

 ゼミの学生で、企業の就職内定を取り消された学生がいた。3回生の後半から就職活動を始めたが、必ずしも順調には進んでいなかったので、内定がでたときには安心した様子だった。それが、秋からの米国発金融危機に端を発する不況のなかで、いとも簡単に内定を取り消された。幸いにもその後、彼女の能力を評価してくれた福祉現場での就職が決まった。しかし、内定取り消しのショックと、自分がはたして就職できるのかという焦燥感は大きかったに違いない。

 派遣切り、解雇、内定取り消しが報道されない日はない。これらは、人から働くことを奪うこと=「奪労働」といえないだろうか。働くことは生存の土台であり、社会のなかで生きている証しであり、成長し希望をつかむ場をもつことである。「奪労働」は、人がひととして生きる場を奪うことにつながりかねない。

 収益減を避けたい一企業にとって合理的な判断であり、予防的な対処としての「奪労働」かもしれないが、それは企業活動の基盤そのものを掘り崩す恐れがある。働くことを安易に奪う社会で、消費が回復し景気が上向くはずはない。むしろ、消費低迷、貧困の拡大、信頼の低下、不況の深刻化の悪循環をつくりだす。企業への信頼は、商品へのそれだけではなく、雇用への信頼によっても成り立っているのではないか。

 一方で、こうした事態に対する政治の動きはどうであったか。解雇規制や雇用創出、最低賃金制度の改善、居住権の保障など労働の不安にどれだけの政策を実行できたのか。秋から今まで、何のために時間を費やしてきたのか。中長期のビジョンを議論し戦略的政策をたてるのも政治なら、目前の不安と危機に機敏に対応するのも政治の大切な役割である。「奪労働」の時代、企業だけではなく政治への信頼も問われている。


おかざき ゆうじ氏 1962年京都市生まれ。佛教大大学院博士後期課程単位取得満期退学。同大助教授を経て、社会福祉学部教授。専門は福祉政策、地域福祉。著者に「現代地域福祉論」「現代福祉社会論」など。