ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

カリスマティック・アダルト

精神科医 定本ゆきこ

 その少年は、暴走族の総長だった父を持ち、暴力が日常的に横行する文化の中に育った。父のような男性をかっこいいと思って育ち、10代で少年院に入った。しかし、少年院で過ごす日々の中で、かっこよさの意味が変わってきたそうだ。「ここの先生たちの方が、本当はかっこいい」と思うようになった。毎日自分たちに向き合い、厳しいが温かく、真剣に指導してくれる。「仕事なのに、いや、仕事だからこそ」、それを生きがいとし、全身全霊で自分たちに向き合うという仕事に打ち込んでいる先生たちの姿に、本当の「かっこいい男」を感じると言う。自分もいつか、先生たちのようにやりがいのある仕事に打ち込む男になりたいと、将来についてまじめに考えるようになった。

 少女は、貧しい母子家庭に育ったが、長いうつ状態のために感情を失った母を助け働きながら、自分も感情を失ってしまった。家族を守るために犯した一度の罪のために、少年院に入れられ、そこでその女性と出会った。母と同世代であるその女性は、子育てを一段落し、思うことあり少女たちを援(たす)ける仕事に飛び込んだ。やさしく生き生きとした表情と、人柄をひきたてる趣味の良いおしゃれが印象的なその女性と接するうちに、少女は、自分自身を大切にして生きていくことの素晴らしさを学び取っていった。自分の感情を抑えず表し、笑ったり怒ったり、年齢相応の豊かな表情を見せるようになった。これからは、人との距離をあやまたず、嫌なことは嫌と言い、間違いに巻き込まれることはないだろう。

 子どもたちは、これからどんな自分になっていけばよいのかというお手本を、身近に出会う大人に求める。こんな時、あの人ならどう考えどう行動するだろうかというモデルとなり、子どもの人生や人格形成に大きな影響を与えていく大人を、その子どもにとってのカリスマティック・アダルトという。それが親であることは多いだろうが、そうでない場合もある。一人の大人との出会いが、子どもの人生を変えることがあるのだ。私たちは今日、どのような大人として子どもに出会っているだろう。

さだもと ゆきこ氏 1960年岡山県生まれ。奈良県立医科大卒業。淀川キリスト教病院などの臨床研修を経て、京都大学病院精神科入局。91年から京都少年鑑別所勤務。著書に「子どもの姿と大人のありよう」「子どもの心百科」(以上共著)など。