ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

「火垂」の再編集

映画作家 河瀬直美


 「唯一無二」という言葉の意味を調べると、“ただひとつあって、ふたつとないこと”とでる。類語としては「絶対」だ。最近「唯一無二」の意味を実感している。もしかしたら、今のこの時間この人と過ごしていることは「唯一無二」なんじゃないだろうか、と思ったことがきっかけだった。

 1999年から2000年にかけて制作した「火垂(ほたる)」という映画を再編集した。今年のカンヌ映画祭で黄金の馬車賞をいただいたことをきっかけとして、記念上映を過去の作品の何にするか、という問いに自然とこの作品を挙げたわたしがいた。唯一、カンヌで上映されていなかった作品だということと同時に、この作品にはやり残している何かがあるとずっと思っていた。当時の編集完成尺は2時間45分。そのときの想(おも)いをすべてつぎ込んで創(つく)り上げた作品だった。作品を見た人の感想の多くは、「人間がたったひとりでも生き抜く強さに惹(ひ)かれる」というものだった。けれど、今回の再編集バージョンは「人間は支えあって共に生きている」と感じる作品に仕上がっているという。もしかしたら強さの上に優しさを兼ね備えた世界観として存在することができたのかもしれない。

 何故、今「火垂」を再編集したのだろう。カンヌ帰りの東京での試写会には10年ぶりに再会する人がいた。当時のスタッフである。10年というのはあっという間であっても、それなりの年月を積み重ねているものだ。生きていた人がこの世にいなくなってしまったり、もうその仕事を続けていなかったりして、その場で再会する術もない。ならば、奇跡的に再会を果たせた人との時間は「唯一無二」なのではないだろうか。もちろん感じることは人それぞれだ。だからこそ、そのとき自分が感じた物事を誠実に真摯(しんし)に伝えたいと思う。涙をボロボロと流しながらでも、言葉足らずでうまく伝わらないようであっても、それでも目の前の人とわかちあいたいと思うこと。それは、きっと“ただひとつあって、ふたつとないこと”なのだから。

かわせ なおみ氏 1969年奈良市生まれ。97年「萌の朱雀」がカンヌ国際映画祭新人監督賞、2007年「殯の森」がグランプリを受賞。2010年より開催の「なら国際映画祭」エグゼクティブディレクター。