ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

奄美の皆既日食

映画作家 河瀬直美


 奄美大島で今世紀最大の皆既日食が見られると聞いたのは、ちょうど1年前の今ごろだった。わたしの母方のルーツを探してゆくと、奄美の笠利町という場所に行き着いた。早速現地の知り合いに問い合わせなどを始めていて、知ったことだった。2009年7月22日はその数分間の天体の不思議を観測するために世界各国から大勢の人が奄美大島にやってくる。自分もそのうちの一人ではあるのだが内心複雑な想(おも)いが多々ある。こういったものは、ツアーやイベントなどと切っても切れない関係にあるようで、あらゆる旅行業界のツアーが組まれていたり、イベント会社がお金儲(もう)けのためにコンサートを開いたりと、普段ひっそりと静かな奄美が、この日は大変な混乱の中にあるのではないかと想像するからだ。ましてや、そこに暮らす人々との接点のないツアーであれば、その観光客たちは空を見上げて歓声をあげたら最後、あたりにゴミやなんかを散らかしたまま帰ってしまったりはしないだろうか…。普段あまり人間の入らない砂浜や岩場にあって、人々の足跡で踏み潰されてゆく自然の数々はまた美しいもとの姿に戻ってくれるだろうか…。

 もしも古代に自然信仰の中で生活していた人々がこの天体に起こる不思議な現象を目の当たりにしたら一体何を思うだろう。日中に突然太陽が姿を消し、あたりが夜になるのだ。彼らは「世界が終わる」と思わないだろうか。おそらく動植物たちも一瞬声を潜めるに違いない。波の音さえ、止まったような感覚に襲われるだろう。そうして、自然への畏怖(いふ)の念を持ち、神に祈り、やがてまた太陽が姿を現した瞬間に今度は「世界が始まる」ということへの感謝を抱くのではないだろうか。そんなことを想像しながら、わたしはその瞬間わたしの先祖が生まれ逝った場所に立ち、自身の命と世界の存在に心より感謝しようと思う。それは、大げさに騒ぎ立てるものではなく、静かで深い祈りのようなかたちとして、在ればいいのだと考えている。

かわせ なおみ氏 1969年奈良市生まれ。97年「萌の朱雀」がカンヌ国際映画祭新人監督賞、2007年「殯の森」がグランプリを受賞。2010年より開催の「なら国際映画祭」エグゼクティブディレクター。