ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

お隣さんの庭

映画作家 河瀬直美


 駅から歩いて10分ほど北へ向かうと、大仏を建立した聖武天皇様の御陵がある。何の縁かこの界隈(かいわい)に住居を移して8年になる。

 中古住宅とはいえ、前の住人が綺麗(きれい)に使っておられたので、ほとんど修繕の必要もない家だった。お隣さんも、養母よりは若いが現役を引退されている老夫婦と最近ご主人を亡くされたという70歳くらいの女性の方だったので養母とも世代的に話があうのではないかと思って安心した。この一人暮らしの女性はとても熱心に広いお庭の手入れをされていた。お出かけになられるときもセンスの良いきちんとした身なりで白髪がまた美しさを際立たせておられた。ゴールデンウイークや盆正月には息子さん夫婦なのだろう、お孫さんを連れられて帰省し、にわかにお隣がにぎやかになっているのをうれしく思っていた。ほどなくしてわたしが妊娠出産した折には、お祝いを包んでいただき恐縮した覚えがある。普段そんなにおつきあいらしいおつきあいをしていないのに、誕生した新しい命を心から喜んでいただいていることを知り、そのときもしかしたら彼女は普段さみしい想(おも)いをしているのかもしれないと思うようになった。

 先日、息子が野球のボールをお隣の庭へ投げ入れてしまった折に、彼女と久しぶりに会って随分と歳をとられたなと感じた。そのときに「ちょっとしばらく入院することになったので」と告げられた。あれから1カ月以上の月日が流れた。梅雨から夏にかけて庭の雑草は勢いを増し、一日放っておくだけでも大変な状態になる。ふと、お盆休みで家にいる間、彼女の庭先を何ともなしに眺めやると、そこはしばらく人の入っていない様子。たった数年の間にこうして人は老い、生活は変化してゆく。お盆だというのに、にぎやかだった息子さん夫婦との笑い声もなりを潜めている。なんとも心さびしい気分になった。

 例えば庭の雑草の様子など、その些細(ささい)な変化に気づくこと。それは遠く離れた親類縁者ではなく隣近所の住人同士なのではないかと思う。人間関係、地域社会のありようも変化してきている。けれど、本当に大切なことは、自分の行動ひとつでできるのではないかと考えている今日このごろである。


かわせ なおみ氏 1969年奈良市生まれ。97年「萌の朱雀」がカンヌ国際映画祭新人監督賞、2007年「殯の森」がグランプリを受賞。2010年より開催の「なら国際映画祭」エグゼクティブディレクター。