ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

「わたし」とは何か

映画作家 河瀬直美


 京都で開催された学術映像コンペティションの審査員を頼まれた。学術映像とはいったいどういうものかわからないまま、審査対象の映像を見る。各分野の学術研究の成果を映像で表現したことは理解できるのだが、その成果が何にとって素晴らしいのかがわからない。

 つまり、自分がその分野の専門家ではないので、背景がわからないのである。正直これには困った。判断の基準がないからだ。わたしは映画監督であり、とある映像を通して観客にその想(おも)いを伝えたいと思っている。だから、まず観客の立場になって物事を考える。しかし不特定多数の人々に向けてものづくりをすることはわたしにはできないので、観客の中にいる自分に向けて伝えたい想いを表現する。どうすれば自分は感動するだろうか、ということをやってみるのだ。すると自分の中に主観と客観がふたつ存在することになる。こうして、ふたつの目を持つことがわたしは「ものづくり」の原点だと思っている。

 ならば、この学術映像とは誰に対して開かれたものなのだろう。専門家にだけ理解されるような背景を含んでいる場合、きっとわたしにはこれらの映像の甲乙はつけられない。そんな疑問を心の中に浮かべていたとき、やさしい目をした教授が真剣なまなざしでこう言った。「何万年前の化石を研究していたって、すべてはわたしたちがなぜここに生きているのかということの疑問を解明するためにやっているんじゃないのか、つまり、それは専門家以外の人々にちゃんと開かれていなきゃいけないんだ」

 この言葉には感動した。どんな分野の人たちも、きっとそれを追究する源の想いは一緒なのだ。「わたしは、何者か」「生きるとはなんであるのか」人類創生のころよりの疑問をわたしたちは今もなお答えの出ぬままに追及し続けている。そうして命は繰り返され、その連鎖の一部が「わたし」なのだ。なんとも、嬉(うれ)しいことではあるまいか。

かわせ なおみ氏 1969年奈良市生まれ。97年「萌の朱雀」がカンヌ国際映画祭新人監督賞、2007年「殯の森」がグランプリを受賞。2010年より開催の「なら国際映画祭」エグゼクティブディレクター。