ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

人生の力と場の力

ヴォーリズ記念病院ホスピス長 細井 順


 ホスピスで過ごした患者さんや家族から、ホスピスの良さについて「みんなが優しくしてくれた」という言葉をいただく。特定の誰が、何がということではなくて、ホスピスで過ごせたこと自体に肯定感を持っている。

 私たちスタッフも患者さんや家族のためにどのようなかかわりができたかを検討し、ケアの細部を見直す中で、何が良かったのかよく分からないが、患者さんや家族にとってはホスピスで過ごせたことが良かったと結論付けることがある。こんな時、ホスピスには場の力があると私は思う。

 場の力とは何であろうか。その場に湧(わ)き出て、漂っている包容力のようなものかもしれない。

 ホスピスの場の力には、一体どんな言葉が相応(ふさわ)しいのだろうか。誠実、忍耐、信頼、謙遜(けんそん)、感謝、赦(ゆる)し、祈り、愛というような言葉が浮かんでくる。

 これらは、実生活においてはどこかに置き去られてしまった言葉のようでもある。現代人が直面する厳しい競争社会では、どちらかと言えばこれらの反対語が幅を利かせているようにも思える。

 だが、死にゆく人たちと日々かかわる中では、これらの言葉はとても大切である。死にゆく人を前にすると、意識しなくても自然にこのような気持ちになる。我々には死を乗り越えるための確かな手だてはない。頼るものがないとき、その場をつなぐ力は上記で表現されるものなのだろう。

 場の力がこのような言葉で支えられているとしたら、ホスピスは良いことずくめなのだろうか。

 現実はそれほど甘くはない。その時までに過ごしてきた人生の時間、周囲の人たちとのかかわり方がその時の有(あ)り様(よう)を決めているからだ。人生の力と場の力が重なり合うときに、ホスピスの香味が醸し出されるのだろう。場の力をいつも磨いておくことが、スタッフの大きな努力目標である。

ほそい じゅん氏 1951年生まれ。大阪医科大卒業。自治医科大外科講師を歴任後、96年淀川キリスト教病院ホスピス医長。2004年自らも腎がんを経験した。06年から現職。患者と哀(かな)しみを共にするケアを実践している。