ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

インドネシアの村で

映画作家 河瀬直美


 インドネシアのウブドという場所に4日間滞在した。芸術の村として有名な観光地である。しかし日本のように観光をする場所と日常の生活がかけ離れてはいない。ライステラスと呼ばれる日本でいう普通の田んぼの中にレストランが在る。高床式の寝そべることのできる空間での食事は、美味(おい)しい。

 日本と同じく米を主食にしているからか、インドネシアの伝統的な食事はわたしの味覚に違和感なく入り込む。常夏の国であるから、基本的にすべてのものに香辛料が入っていて辛いのだけれど、気候に体が順応してくると、そういうものを自然に欲するようになり、美味しく感じることとなる。

 早朝からの散歩途中に出会う農民たちの働きを垣間見ているとなぜだか心が開放的になり、自然と笑みがこぼれるのだ。裸足(はだし)のまま水田に入り泥まみれになって働く彼らを羨(うらや)ましいとも思う。

 子供が母に抱かれて安心しきったような面持ちでちらりとわたしを見る。その子供たちは便利さと引き換えにこの絶対の安心を捨てることがないように願う。戦前の日本もまたこういう光景があちこちで見られていたのかと想像する。なぜわたしたちはこういった豊かさを失ってしまったのだろう。なぜ彼らはそれを捨て去ることをしないのだろう。

 ツアーに同行してくれた男の子は片言の日本語で「僕の生まれた村」の話をしてくれた。インドネシアでは生まれた村を出ることは難しい。田んぼの管理はみんなで寄り合って決める。男の子供が生まれるということはその家に将来的に嫁が来てくれるということだから繁栄を意味して非常に喜ばしい。

 インターネットも普及し、高級なホテルも沢山あるウブドには隣りあわせにそういった思想や生活が根強く継がれている。すべてを壊して新しいものを創(つく)る時代はもう過ぎ去り、あるべきものがある場所に、そこに還(かえ)ってゆく本当の豊かさを今の日本は取り戻すべきなのだろうと東南アジアの田園で考えていた。


かわせ なおみ氏 1969年奈良市生まれ。97年「萌の朱雀」がカンヌ国際映画祭新人監督賞、2007年「殯の森」がグランプリを受賞。2010年より開催の「なら国際映画祭」エグゼクティブディレクター。