ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

ホスピス医のがん体験、その5

ヴォーリズ記念病院ホスピス長 細井 順


 「お帰りなさい」という同世代のがん患者さんの親しげな言葉に迎えられて、手術後3週間で職場に復帰した。この言葉で肩の力が抜けた。共にがんを持つ仲間だという連帯感だろうか。まだ腹部の手術の傷跡が痛んでいた。痛みについてこの患者さんに尋ねると、「それくらい普通ですよ」と教えてくれた。

 外科医にとっては、抜糸が仕事の終わりである。だが、患者にとってはまだ終わりではなかった。がんを有する者同士で、私はいろいろなアドバイスを受け、不安な気持ちが和らいだ。自ら手術を受ける前の医師患者関係とはまったく違った間柄だった。医師とか患者とか、区別はなかった。

 この経験から6年がたった。今日のところ、血尿に見舞われる前の元気だったころと変わらない生活をしている。がん再発予防のために気遣っていることはない。抗がん剤はもちろん、健康食品、サプリメントなども使用していない。がんに良いとか悪いとかは問題ではなく、好きなものは何でも食べている。

 手術時の細胞検査から、もっと早い時点でがん再発があってもおかしくないと思っていた。にもかかわらず、現在のように健康に過ごすことができた理由を探ってみた。しかし、答えは見つからない。

 私はホスピス医として、治りきらないがん患者さんと毎日を共に過ごしている。私と同じ腎がんの患者さんもいる。手術から何年たっていようとも安心はできない。それに、がんはひとつだけとは限らない。別のところにできることもあり、二つ目、三つ目のがんのためにホスピスですごす人もいる。

 がんとさまざまな闘い方をしてきた人たちとホスピスで出会い、私自身もがんを患いつつ生きながらえていることを思うと、私のこの一日を私自身が創(つく)り出しているわけではないと思わされる。与えられたこの一日を生かされているに過ぎない。こんな思いを深くすることができた。

ほそい じゅん氏 1951年生まれ。大阪医科大卒業。自治医科大外科講師を歴任後、96年淀川キリスト教病院ホスピス医長。2004年自らも腎がんを経験した。06年から現職。患者と哀(かな)しみを共にするケアを実践している。