ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

天平と現代

映画作家 河瀬直美


 平城遷都1300年記念祝典が平城宮跡で開催された。天平の時代の万葉人に扮(ふん)した人々が踊ったり歌ったり、中でもその場を清めるために古代から鳴らされたリズムをわたしたちも奏でる。渡された小さなその楽器は古代米などを詰めた袋だ。シャン、シャン、シャンシャン。音が重なるにつれ一体感を持つ。もうひとつ五色の領巾(ひれ)を古代の人のようにして袖をふる。各々の領巾は、ゆるやかに舞う。高い空にまで届くようなその領巾は、大切な人を送り出すときに振ったものだと聞いた。

 そうして天皇皇后両陛下がお目見えされた。古代の人なら、そのお顔さえ見ることができずにひれ伏していたのではあるまいか。しかし現在はモニターでそのお顔を拝むことができる。陛下の動きはまるで舞人のようになめらかだ。あたりの空気までも違って見える。その空気は古代から受け継がれてきたものなのかもしれない。

 日中韓の子供たちが手をつないで、はないちもんめを繰り広げ、高らかにこども宣言たるものを発表した。それは非常に美しく穢(けが)れなく、わたしはほろっとしてその場にくぎ付けになった。祭典の終了後知り合いが声をかけてくれた。ついその子供たちの宣言に感動したと打ち明けた。すると彼は「僕はああゆう正しい感じはどうも」と言った。そうか、わたしもあの正しい感じは苦手だったはずだ。ならば何に感動したのだろう。しばし考えた。

 おそらくわたしはこの理不尽な大人の世界を憂いているのかもしれなかった。かつて子供だった頃は、正しいことが正しいとまかりとおり、そのことをまっとうしていればそれで良かった。日中韓の関係性は大人の世界になると、目を覆いたくなるような事柄がまかりとおっている。そんな大人に彼らもいずれはなってしまうのだろうか。そのとき、わたしは彼らに今のままでいいんだよと言ってあげられる平和で清らかな日本を守っていられるだろうか。嘆いてばかりはいられない。


かわせ なおみ氏 1969年奈良市生まれ。97年「萌の朱雀」がカンヌ国際映画祭新人監督賞、2007年「殯の森」がグランプリを受賞。2010年より開催の「なら国際映画祭」エグゼクティブディレクター。