ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

真の援助がもたらすもの


ヴォーリズ記念病院
ホスピス長 細井 順


 バングラデシュの基礎教育に協力しているNPO(民間非営利団体)の会合にでかけた。いわく、今の日本社会は効率化や合理化で経済が突出した状態になり、個人の哲学、宗教、価値観を含む文化や、NPOに象徴される共同といった要素が弱い。だが、これらにはお金では得られない豊かなものがあり、経済上赤字でも人生の中では目に見えない大きな黒字になる。健全でバランスのとれた社会になるために、NPOを通じて貢献・交流と市民社会への前進が図られねばならない。

 NPOについて教わり、ホスピスでのケアを振り返った。そこには、限られたときの中で、意味と目的を見いだせずに苦悩する人たちがいる。起きるに起きられず、食べるに食べられず、用を足そうにも自分ではできない。移動するにも、風呂に入るのにも誰かに委ねなければならない。生きる意味があるのかと自問する。病気は進行性で、医師に予告された月数が徐々に少なくなる。夜も眠れない。そんなときには痛みも激しく、あたかも暗闇の中から何者かに追いかけられているようで落ち着かない。この孤独、怒り、おそれをどこへぶつけたらいいのだろうか。

 悪気はなくても、一つ一つの言葉には鬱憤(うっぷん)が吐き出される。傍らで受け止めるのはホスピスのスタッフである。じっとその言葉に耳を傾ける。時にはケアが悪いと責められる。わかってくれないとなじられる。立ちすくむような言葉に戸惑いながらも、忍耐強く、祈りをこめて、苦悩をかかえる人と共に一晩を過ごす。

 ケアとは一体何だろう。ホスピスでは日々自らの限界を思い知らされる。行き詰まり、そして悩む。私たちはケアを通して何を実現したいのだろう。ある哲学者は、ケアとは他者の成長を促し、それを通して自分を成長させることだという。どんなに辛い状況でも人間は成長できる。そこを信頼して寄り添うことが自分の成長になるという。

 真の援助はやはり人生の黒字を増やしていく元手になるのだろう。


ほそい じゅん氏 1951年生まれ。大阪医科大卒業。自治医科大外科講師を歴任後、96年淀川キリスト教病院ホスピス医長。2004年自らも腎がんを経験した。06年から現職。患者と哀(かな)しみを共にするケアを実践している。