ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

慈しみのカレー

映画作家 河瀬直美


 カレーの起源をご存じだろうか。一説にお釈迦(しゃか)様が人々を病から救うため、さまざまな薬草をブレンドして作ったものだという。そうだ、わたしが幼いころに食べていたカレーは香辛料なんてのはほとんど効いておらず、甘くてジャガイモがごつごつと入っていて、タマネギやニンジンを普段は食べられないのにいっぱい食べられるものがカレーであった。大きくなってから、グリーンカレーやキーマカレーといったしゃれたカレーを知ったりして、カレーって奥が深いなと思うようになった。

 近ごろ閉幕した正倉院展。その蔵からは黒こしょうなどのスパイスが見つかっているということから、日本でのカレーの歴史は奈良から始まったという説もある。物事はストーリーを作ってあげると人々にうまく浸透するもので、奈良では3年前からカレー選手権なるものが開催されている。お釈迦様が人々の健康を気遣い振る舞ったとしたらそれは慈しみのカレーではないか、そのカレーに春日大社などで神様にお供えされてきた黒米を添え、奈良独自の黒米カレーを発案した。地域でお店を営む人々が出場して、そんな慈しみのカレーを皆様に振る舞うのだ。どんなカレーでも構わない。とにかく食べる人のハートをキャッチするものを提案する。そして、今年度の優勝者を決めるのだ。

 さて、初めてカレーを口にした倭国の人々はどう評したのだろう。辛い薬?ホットな温かさ?想像するのは楽しい。そうしてもたらされた薬膳カレーは、千年を経て、国民的主食といってもいい地位を獲得した。

 わたしのルーツがある奄美大島の常宿ホテルでは最近ヤギ汁カレーを考案、発売した。これが癖になる味で、わたしは奄美に行くたびに食す。ヤギ汁はもともと病気のときに作ったものだと聞いたので、なるほど日本のカレーの起源と相まって、心も体も元気になる。とにもかくにも、老若男女これが嫌いな人はいないという素晴らしいものなのである。カレーというものは。


かわせ なおみ氏 1969年奈良市生まれ。97年「萌の朱雀」がカンヌ国際映画祭新人監督賞、2007年「殯の森」がグランプリを受賞。2010年より開催の「なら国際映画祭」エグゼクティブディレクター。