ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

味噌を手作り

映画作家 河瀬直美


 味噌(みそ)を作った。大豆を水に浸して24時間。大きく膨らんだお豆を今度は圧力鍋で煮る。圧力鍋がなければ、12時間近くコトコトと煮込む。いづれにしても、指で押さえると、くにゅっとつぶれるくらい軟らかくなるまでが目安だ。これに、塩をまぶした麹(こうじ)をさくさくと混ぜ合わせ、お団子状に丸めて甕(かめ)に投げ込んでゆく。投げるのは、空気を抜くため。バシンバシンと叩きつける。麹をまぶすときには、このやわらかくつぶしたお豆がだいたいひと肌くらいに冷めてからするとよい。味噌と言えば、スーパーに売っているもので、自分で作るものだとは今の若い世代は思わない。けれど、こうして作ってみると、愛着が湧くし、味噌って生きてるんだなと思う。

 思えば、日本の食事は生きているものが多い。糠(ぬか)漬けだって生きている。味が糠床によって変わるのだから。お酒だって、醤油(しょうゆ)だって、そうだ。40歳を過ぎてようやくわたしは、この生きた日本の食文化の素晴らしさを知り始めた。料理は苦手だった。けれど、作り始めると、こんなに楽しいことはない。手作りはものづくりの原点。味噌を作り始めたら、今度は大豆を作りたくなる。そのうち土にこだわり、農作業にはまっていくに違いない。味噌作りの工程の中で、豆が膨らむ様や、麹が生きている匂いを知ると、食事を「いただく」ことが楽しくなる。本当に採れたてのさっきまで土の中にいたような野菜は、さっとゆがくだけで美味(おい)しい。味噌は、一年かけて醸(かも)されて、生きたまま食す。なんて贅沢(ぜいたく)なんだろう。人間はそうして自然の恵みの中で生かされている。この身体も、身体とつながっている精神も、「生きている」のだ。

 だから、毎日が同じ気分の訳はない。むやみやたらに気分が悪くなったり、いじわるしたくなったり、「生きている」からそうなる。世界が悪いなんてことはない。自分の中の何かによって、劇的に物事は変化し、笑っていられるようになる。それが実感というものなのかもしれない。


かわせ なおみ氏 1969年奈良市生まれ。97年「萌の朱雀」がカンヌ国際映画祭新人監督賞、2007年「殯の森」がグランプリを受賞。2010年より開催の「なら国際映画祭」エグゼクティブディレクター。