ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

虹の彼方に


ヴォーリズ記念病院
ホスピス長 細井 順


 患者さんや家族、また医師等と話して、ホスピスが死ぬための医療だと思われていることにむなしさを覚えるときがある。

 ここで強調したいことは、ホスピス・緩和ケア病棟で行っている医療は、死ぬときだけはせめて安らかにという消極的なものではない。たとえ限られていても、命のある限りは明日への希望をもって生きてもらいたいという願いから生まれた医療である。強く生きるための方策は思い浮かぶが、楽に死ぬために何ができるのかわからない。痛み止めを使うことも心の悩みに耳を傾けることも、喜びを感じて一日を過ごしてほしいからである。繰り返すが、ホスピスでは楽に死んでもらうことが決して第一義ではない。どだい、生きることも死ぬこともそんなに楽なはずがない。

 2007年に施行されたがん対策基本法では、がんの初期からいつでもどこでも緩和ケアが受けられるようにとうたわれ、病院、介護施設、自宅療養も含めて制度整備が進んでいる。抗がん剤治療や放射線治療と並行して緩和ケアを受け、痛みを軽減し、抗がん剤のつらさを愚痴りながらがん治療を続ける人もいる。

 自分で身の回りができる間は病気に向き合えばいいが、がんの進行によって身の回りが不自由になってくると生活にも向き合うことになる。他者の協力が必要になり、自分の生活と病気をどのようにすり合わせるかが問題になる。本人も家族も医療者にばかり任せておくことはできなくなってくる。病気や病人との付き合い方を見直さなければならない。ホスピス・緩和ケア病棟では残された時間の使い方に焦点を合わせるので、この頃に出番が回ってくる。

 悔いのない死の第一条件は悔いなく生きることにあると思う。本人の傍らで家族や友人、医療者があたたかな眼差しを交わしながら敬意をもって仕える。死は誰にも訪れる以上、他人事ではない。そのとき、死の彼方(かなた)に明日のいのちがみえる、虹の彼方に明日の希望がみえるように。


ほそい じゅん氏 1951年生まれ。大阪医科大卒業。自治医科大外科講師を歴任後、96年淀川キリスト教病院ホスピス医長。2004年自らも腎がんを経験した。06年から現職。患者と哀(かな)しみを共にするケアを実践している。