ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

医学生のホスピス実習


ヴォーリズ記念病院
ホスピス長 細井 順


 例年この時期、医学部6年生がホスピス実習に来る。知識の詰め込みに追われる医学教育であるが、ホスピスでは3週間の実習期間に、医師と患者のあり方、チーム医療、さらに生きるとは死ぬとはというテーマにも取り組む。そして自らの人生、将来の仕事を見つめなおしてもらう。

 実習は、まず回診に同行してもらうことから始まる。小さな椅子を持って病室へ出向く。あいさつを交わし、腰を下ろす。患者さんと目線の高さを合わせ、ゆったりと構える。医療者の関心と患者さんの関心は往々にして異なるものだ。こちらから質問攻めにすることはなく、患者さんからこぼれ落ちる一語に耳を澄ます。患者さんのペースに合わせて言葉を紡いでいく。体の診察を終えたら患者さんが安心できるように一言を添える。家族へのねぎらいも忘れない。医療者と患者という上下関係ではなく、弱さを抱えた人間同士という謙遜な思いで診察する。

 次に看護師や多職種のスタッフとの検討会が待っている。職種が違えば、患者さんが見せる表情も違う。多くのスタッフが複数の目で患者さんをみることでその人の実像に近づくことができる。スタッフ全員の意見をもとに治療やケアの方針を立てる。だが、患者さんの置かれている状況はきびしい。話し合っても容易に結論がでないこともある。検討会からケアの難しさ、厳しさにも気づき、綺麗(きれい)事ばかりではないことも分かってくる。ここで患者、家族、医療者という隔てを超えて、それぞれが抱く苦悩を分かち合うところにホスピスケアの秘訣(ひけつ)があることを説く。感極まる学生も多い。

 ホスピス実習で何よりも大きいことは、他では得難いプレゼントを患者さんからもらうことだ。ホスピスで過ごす日々の中から、一生を振り返って発せられる言葉は学生の心に響く。次世代を担う若き医学生へ向けられた一言には切実な願いがこめられている。

 今年の実習生は、10年後にここに戻ってくると言い残してホスピスを後にした。楽しみに待とう。


ほそい じゅん氏 1951年生まれ。大阪医科大卒業。自治医科大外科講師を歴任後、96年淀川キリスト教病院ホスピス医長。2004年自らも腎がんを経験した。06年から現職。患者と哀(かな)しみを共にするケアを実践している。