ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

ケアのこころと人間力


ヴォーリズ記念病院
ホスピス長 細井 順


 この秋、ヴォーリズ記念病院ホスピス希望館が開設5周年を迎え、記念講演会を催した。500名を超える来場者があった。幼なじみのバイオリニストに演奏してもらった。優しいバイオリンの響きに心がほどけ、会場全体がぬくもりに包まれた。そして、恩師で日本のホスピス緩和ケアを導いておられる柏木哲夫先生に「こころに寄り添うホスピスケア」と題した講演をお願いした。

 末期患者さんの共通の願いは気持ちをわかってほしいということで、こころに寄り添うとは相手の思いをしっかりと受け止めることだと教えられた。相手への関心を持って積極的に耳を傾けて聴く(聞くではない)という姿勢で、患者さんに弱音を吐いてもらうことである。これは相手を上からでも下からでもなく、横から寄り添うことになる。そのためには人間力が伴っていなければならないと話された。

 講演の内容は医療・介護領域のテーマではあるが、私たちが日常生活の中で、多くの人たちと出会っている中でも大いに役に立つヒントが含まれていた。ぬくもりに満ちた会場で、先生のユーモアに富んだ人間味にあふれた講演は参加者の心にしみ入った。

 ケアを考える時、ケアを受ける側とケアを行う側と二つの立場がある。しかし、ケアが成り立つ場というのは、この立場を越えたところにあるように思われる。ケアの成立には、お互いに同じ人間同士という通底した思いが必要なのではないだろうか。各人がそれぞれに与えられたいのちに根ざして毎日を過ごしている。誰もが違いを持っているのだが、「私たち」という共通感覚の中でこそケアという言葉に意味が与えられるように思われる。一人称複数の場所でこそ共感が生まれてくる。

 先生の語る人間力とは、違いを認め、忍耐強く、思いやり、見守ることだと思う。そのまなざしを感じたときに相手は閉じ込められた心を開くことができる。

 幼なじみと恩師、長年にわたる温かなまなざしによって深められ、豊かにされていく自分を覚えた一日だった。


ほそい じゅん氏 1951年生まれ。大阪医科大卒業。自治医科大外科講師を歴任後、96年淀川キリスト教病院ホスピス医長。2004年自らも腎がんを経験した。06年から現職。患者と哀(かな)しみを共にするケアを実践している。