ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

ホスピスが一番伝えたいこと


ヴォーリズ記念病院
ホスピス長 細井 順


 ホスピスに映画撮影班が来ている。「いのち」をテーマにしたドキュメンタリー映画を制作中である。いのちに寄り添う、いのちに触れる、いのちに気づく、いのちが生まれる、いのちが行き交う、いのちを支えるなど、「いのち」という言葉でホスピスの役割が見える。

 一方で、ホスピスには死の暗いイメージがつきまとう。「あそこに行けばもうおしまい。だから絶対行ったらあかんよ」と忠告を受けたという人たちもいる。多くの人は、ホスピスの知識を持ってはいても自分自身のことになると二の足を踏むのではなかろうか。「治療してくれる今の先生を信頼してついて行きたい」、「痛みもないので、ホスピスはまだ必要ない」。「このような理由をつけてホスピスを遠ざけることが普通かもしれない。だが、重大な病気が見つかり将来への不安が頭をよぎるなら、すでにホスピスは始まっている。

 もともと、人間一人一人には大きな生命力が与えられて生きている。死が間近に迫ろうとも、その生命力があるからその日一日を生きられるのだと思う。周りの人が生命力を注入してくれるわけではない。我々人間はその一日の価値を高めることに全力を注ぐばかりである。

 病気のため明日が見えない生活をしている人の心の内は、きっと私が考える以上にきついに違いない。その心情の全てをわかることはできないが、ホスピスでは幾分かでも小さくできる。なぜなら、私たちは同じ時代を同じように悩みながら生きている仲間だから。ケアによって隙間が生まれ、こころとこころが重なる場所が生まれる。ひとりぼっちじゃないことに気づく。

 生命力が尽きた時にいのちが次の世代に引き継がれるのだろう。いのちのたすきがつながる。ホスピスは中継所である。駅伝の季節が近い。中継所でのドラマを見て熱いものがこみ上げるときがある。ホスピスでも同じことが起こっている。「もうおしまい」はない。

 映画を通して多くの人たちに知ってもらいたい。


ほそい じゅん氏 1951年生まれ。大阪医科大卒業。自治医科大外科講師を歴任後、96年淀川キリスト教病院ホスピス医長。2004年自らも腎がんを経験した。06年から現職。患者と哀(かな)しみを共にするケアを実践している。