ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

増えるうつ病 どう考える

ACT―K主宰・精神科医 高木俊介


 iPS細胞の作製にノーベル賞が与えられた。この素晴らしい業績は、治療医学に画期的な進歩をもたらすだろう。自然科学は、停滞と飛躍を繰り返しながらも、確実に発展していく。

 しかし、こと病気や障がいについては、そうとばかりはいかない。感染症は医学を出し抜き続け、世界的な高齢化とともに慢性疾患は増え続ける。そして何よりも、文化的・経済的格差が、人類の健康を妨げる。

 先日、世界保健機関(WHO)が、世界でうつ病が人口の約5%、3億5千万人と発表した。近年日本でも、うつ病の増加が著しい。よく効く薬がある、早めに精神科を受診しなさいと勧められる。年間3万人という自殺者数をみても、うつ病治療の一端を担う精神科医療の責任は大きい。

 だが、その重大さを十分認めた上で、あらためて考えてみたい。まず、うつ病はいくつかの異なる病気の集まりである。そして、健康と病気の境目がはっきりしない。さらに、数カ月のうちに自然に回復することが多い。だから、統計数字だけではわからない事が多い。

 薬の効果も、言われているほどではない。改善率は50%程度で、偽薬でも40%が改善する。つまり、明白に抗うつ薬によって改善する人は、10人に1人だ。

 うつ病の最大の問題である自殺と非常に関連が高いのは、失業率である。

 誤解しないでほしいが、医学的治療が必要ないと言っているのではない。薬を使わない時ですら、病院などで相談する方が改善率が高いこともわかっている。

 ただ、落胆、不安、悲哀など多彩な感情、人生で遭遇するさまざまな不幸に対する反応のすべてを、うつ病と名付け治療の対象にする風潮には歯止めが必要だ。

 失業や貧困などの社会的格差を改善し、病気や障がいがあっても安心して暮らせる支援があり、将来に夢が持てる社会にすることを、うつ病対策の大前提におきたい。WHOの警告は、本当はそう言っている。

 医療の出番は、本来そこからである。


たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ、54歳。