ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

さざめく光の中に 鎮魂3・11

ACT―K主宰・精神科医 高木俊介


 縁あって、京都市美術館で開催中の京都版画トリエンナーレにかかわっている。今回が第1回ということで、版画という通念を覆すような興味深い展覧会になっている。

 ともすると絵画より一段低く見られがちな版画だが、文明にとってなくてはならない印刷技術の基礎であり、複製芸術の嚆矢(こうし)として、文化の世界的な伝搬に重要な役割を担ってきた。

 今回力作揃(ぞろ)いの中で佐々木加奈子「イルミネーションズ─原始惑星からの地球型惑星の形成間におけるアンネの日記(186日)の奇跡」に考えさせられた。

 アンネは、ナチ支配下のドイツで隠れて暮らしたユダヤ人少女。最後は強制収容所で殺された。その日記は人間の尊厳と悲惨を記録して、読む人の胸を打つ。

 佐々木はこの日記を、表現された意味ごとにデジタル記号に変換し、さらにそれを色彩へと変換する。日記に描かれた日常風景やさまざまな感情は、淡いピンクからブルーにいたる細かい色彩の波となり、画面上にさざめいて広がる。

 さらに、宇宙空間で地球が形成されるまでの天文学データが同様の方法で色彩のさざ波に変換され、日記の画面と重ね合わされる。このような変換と重ね合わせを経ることで、186日というアンネの悲劇の時間とそこに凝縮された人類の歴史が、宇宙生成の悠久の時の中に溶け込む。その結果は、今を生きる私たちに、偶然と必然が綾なす美として感覚されるのだ。

 作家は、現在東北で制作している。2年前の春、大地震と原発事故に襲われた土地だ。平凡で幸せだった暮らしに、「死と再生」という深淵(しんえん)が突如としてつきつけられた場所。多くの人が今も解決できない心の傷を負っている。作家もまた、その一人かもしれない。

 しかし、生と死は重なり合い転変し続ける。もし私たちの想像を超えた感覚をもつ生命がいたなら、それをくり返す光のさざ波として感受するかもしれない。それは、ひとつの救いであるにちがいない。


たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ、54歳。