ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

認知症者の処遇

さわやか福祉財団理事長
堀田 力


 認知症のおばあさんの手を、一生懸命マッサージしている人がいた。70歳前後の女性である。

 手を預けて、おばあさんは気持ちよさそう。2人とも何も話さず、静かに時間が流れている。あるデイケアでの風景である。

 そのうち、おばあさんは尿意をもよおしたらしく、ゆっくり立ち上がる。女性はおばあさんが自分の力で立ち上がるのを見守っていたが、歩き出そうとするおばあさんの足取りが定まらない。すると女性がさり気なくおばあさんの腕に手を添えて支える。おばあさんは、手を借りながらも、自分の力でトイレの方へ歩いて行く。

 おばあさんの歩く力を殺さない女性の介助ぶりが見事なので、私は施設長に「さすがプロですね。必要最小限の介助にとどめていますね」とほめたら、施設長の返事が意外であった。

 「あの方は利用者で、認知症なんですよ」

 認知症の人が健常者並みの能力を発揮する場面には慣れているが、この方の介助ぶりはプロの平均を超えているのではないか。

 施設長に聞くと、その方は認知症で徘徊(はいかい)癖があり、昼間一人で家にいるのは無理だというので、デイケアに連れて来られたのだという。しかし、本人は認知症という認識はなく、そこへ手伝いに来たと思っていて、だからいろいろ手伝ってくれるし、それが性に合っているのか飲み込みが早い。職員として働いているという意識なので、施設長もそれを尊重して、出勤簿もつけてもらい、来る時間、帰る時間も職員に合わせた。本人はずっとそれを守って(というか、職員の意識だから、守るのは当たり前で)、職員がやる雑務もやるのだそうである。

 だから、外の者が見ると職員にしか見えない。外の者どころかほかの認知症の人たちも、職員と思い込んで世話になっている。

 どこが認知症なのかわからない普通のふるまいができる処遇。それこそが認知症ケアの神髄なのだと思う。


ほった つとむ氏
1934年宮津市生まれ。京都大法学部卒業。東京地検特捜部検事、最高検検事などを経て、91年に法務大臣官房長を最後に退職。現在、ボランティア活動の普及に取り組む。弁護士。著書に「おごるな上司!」「心の復活」「少年魂」など。