ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

行方の見えない福祉

ACT―K主宰・精神科医 高木俊介


 世はアベノミクスでかまびすしい。一時調整中とはいうものの、急激に円安が進行し、株価は上がり、景気回復の期待も高まった。国の将来がこれで安泰なら、それはそれで喜ばしい。

 だが、今後も順調に行くのかは、誰にもわからない。なにせ「異次元」の政策、賭けである。この賭けで、年金などの社会保障や福祉がどうなるのか、まったく見えてこないのだ。

 生活保護法が変わり、支給額が引き下げられそうだ。デフレ不況と格差拡大で生活が苦しい国民の多くは、生活保護の支給額を不当に高いと思うのだろうか。しかし、失業や病によって生活保護を受けざるを得ない人々にとって、社会復帰のために立ちふさがる壁は、あまりに高い。

 同じことは、原発事故被災者への非難にも言える。職を失った彼らの中には、賠償金でパチンコに入り浸る人もいる。それがよその顰蹙(ひんしゅく)をかっている。しかし被災者が本来の生活に戻る道は、なお遠い。国は根本的な生活再建に必要な金を惜しみ、一企業による個人への賠償で済ませようとする。水俣など、どの公害事件でもみられた構図だ。

 あまり議論もないままマイナンバー法(通称)が成立し、道路交通法が改正される。前者の主眼は、個人からの徴税の確実化だ。しかし、今や税制の課題は個人ではなく、国境を越えて税負担を逃れる企業への課税であろう。

 後者は、障がい者の運転免許取得を著しく制限してしまう。障がい者の交通事故が多いという証拠はない。むしろ、彼らは犠牲者であることが多いが、この法は彼らの生活を狭める。

 こうしてみると、アベノミクスの背後で人々の生活は、息苦しくなるばかりだ。経済が悪ければ福祉もできないと言われるが、経済が人々の幸福を保証するわけではない。過去半世紀、経済は限界にまで成長したのに、この国の社会は成熟できずに未熟なままだ。福祉の行方が見えない。これは、いちばん不幸なことではなかろうか。


たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ、54歳。