ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

ワーキングケアラー

立命館大教授 津止正敏



 数年前、懸命に働いているのに貧しさから抜け出せないという新しい貧困をして「ワーキングプア」という言葉が生まれ、いままた同じ働くをテーマとする「ワーキングケアラー」が社会問題化している。

 同居の父は3年前から軽度の認知症、介護しながら働いていた母は昨年10月脳血管障害を患いもう回復の見込みはない。無遅刻無欠勤の優良社員が突如欠勤遅刻早退の常連に─男性から長い長いメールが届いた。その後駅前ホテルのラウンジで詳細を聞いた。

 ワーキングケアラーだ。彼のように介護しながら働いている人はどれくらいに上るのだろうか。そんな矢先、就業構造基本調査(平成24年)の概要が発表された(7月12日)。5年に一度実施される調査だが、いまワーキングケアラーは290万人、うち男性が130万人、女性が160万人という驚きの数字が並んだ。そして過去1年間(平成23年10月〜24年9月)に家族の介護のために退職した人は10万1千人、5年間では48万7千人に上る。

 この社会はこれまで介護や貧しさを働くということとは全く無縁のように扱ってきた。働きさえすればその「リスク」はほぼ回避された。介護に専念する人と、家計の大黒柱として就労する人。それぞれに役割分担、家族資源の割り振りを通して、家族に生ずる「リスク」を何とか最小限に封印してきた。これが私たちの脳裏に刻まれた介護するということと働くということだった。でもこの記憶はもはや常識でも現実でもなくなったようだ。

 毎年10万人が介護で退職している時代だからこそ、介護と仕事の両立支援の課題が浮上する。「介護退職ゼロ作戦」という新しい社会運動が立ち上がる。貧しさと違って介護がリスクであってはならないのだ。介護で不本意な退職をしなくてもいい社会を、よしんば退職したとしても貧困にも孤立にもならずにすむ社会を─このスローガンを空文句に終わらせてはいけないのだ。あの男性のメールに目を通しては思案する。


つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。