ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

赤ちゃん応援団

立命館大教授 津止正敏



 最近の福祉パッシングには辟易(へきえき)させられる。誰でもどこでも何時でも必要な時に利用できるユニバーサルな福祉がようやくその足場を築きつつある時代なのに、バックラッシュだ。家族責任を放棄し、勤労と自立の意欲を削ぎ、怠惰を広げるという反福祉の論調が激しい。福祉をここまで貶(おとし)めてホントに大丈夫なの、と言うことも怖(お)じ気(け)づいてしまう。

 こんな時、心和らぐ嬉しい福祉の応援団に出会った。赤ちゃんや園児からのエールだ。

 京都大助教の鹿子木康弘さんらが、生後10カ月の赤ちゃんも攻撃され苦境に立つものに心を寄せ行動に移すことを証明した。人間には生まれながらに思いやりの気持ちがあることを示す成果、という。保育園児の研究もある。友だちに親切をした園児は、それを見ていた他の子たちから普段の11倍もの親切を受ける。見返りといっていいか分からないが、優しさがこだまする。大阪大の研究者らの報告だが、いずれも米国のオンライン科学誌「プロスワン」に最近掲載された。

 ヒトに特有とされる利他性はこうした仕組で埋め込まれてきたのではないか。他者への思いやりや気遣い、協力行動を人間性の極みというのであれば、このヒトが生きるに相応(ふさわ)しい社会とは如何(いか)なるものか。

 適者生存、優勝劣敗など進化論を人間社会の根幹に当てはめようという立場からは、所得の再分配や社会保障などは自然淘汰(とうた)を阻害するものと否定され、福祉パッシングに連なる。

 でも、赤ちゃんの思いやりや園児の親切からは全く違う世界が見えてくる。他者への配慮を社会の中心に埋め込んだ福祉社会だ。介護や医療、年金などの制度が思いやりを普遍化したものと思えば、現状の数多(あまた)の欠陥や不十分さも道半ばの所作と理解できる。福祉を無くせではなく、より良くさらに大きく育てようということになる。この社会の抱える棘(とげ)ある不寛容や生き辛さも克服しなければならない代物ということだ。赤ちゃん応援団に感謝。


つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。