ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

新年にして惑う

ACT―K主宰・精神科医 高木俊介


 ある新年の集まりで、抗がん剤治療をやめてから進行がんが改善したという方とお会いした。検査値が継続的に改善し、体調もよいという。きっかけは薬の副作用に苦しむよりも、おいしい食事を楽しめる人生を送りたいという一念であった。還暦を過ぎた今、舞台に立って命の大切さを歌うのを楽しんでおられる。

 私の知人には、抗がん剤治療を拒否して、その後の進行が食い止められず亡くなった者もいる。あらゆる治療を自ら試み、闘いながら逝った医師もいる。

 どちらが「医学的に」正しかったのか、私にはわからない。結果を見ても、わからない。ただ、治療を拒否して亡くなった人も、自ら医者として知識を駆使し壮絶な闘いに散った人も、どちらも自分の選択について、死の床で後悔していないようにみえた。

 私は精神障害者の在宅医療をしているが、中には、明らかな精神障害ではないのに、治療に激しく抵抗するという理由で紹介されてくる方もいる。本来精神科で診る人ではないが、治療拒否の気持ちにも理があると思って話を伺うと、とても心を開いてくれる。だが、先生のことは信頼するが治療は嫌だときかない。そうして医者には文句をたれ、訪問看護には怒鳴り、ヘルパーにはわがまま放題、好きなものを食べて検査値は驚くほど悪い。だが、しぶとい。医者の言うことを聞く人より長生きだ。もう死んでる人だと思ってつきあいましょうと、くじけそうになる支援者たちを励ますと、最期には誰よりも愛され惜しまれたりする。

 こういう人たちを知ると、医療とは、医学とは何だろうかと思う。ほんとうは私たちは、風邪や高血圧すらわかっていない。統計という科学的な装いで個々人の違いを消し去って、私たち医療者の側にわかりやすいことだけを患者に押しつけているのではないか。

 まじめなお医者さんには叱られそうだが、知れば知るほど、わからない。新年から、またまた惑うのである…。


たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ、54歳。