ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

フェアプレー

立命館大教授 津止正敏



 オリンピックに夢中だ。友情と連帯で互いに交わる五輪の輪がシンボルだが、その精神はフェアプレーに基づく相互理解と人類の平和への貢献。世界の「平和と民主主義」に連なるテーマだ。

 その民主主義、よほど危ないのだろう。「民主主義の幹を太くしよう」「賑(にぎ)やかな民主主義に」「民主主義という木」。みんな元旦の各紙社説を飾った見出しのフレーズだ。昨年来のアンフェアな力ずくの政治に市民の不安と批判が渦巻いた。知ることが制約され自由に意見表明ができないのであれば、メディアの存在意義が問われる。この危機感も働いたに違いない。海外でもアラブの春から一転して凍(い)てつく冬に移ったような情勢、タイでもシリアでも緊張が走っている。

 天皇の傘寿の挨拶(あいさつ)にも驚いた。最も印象に残るのが「戦争」といい「多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと本当に痛ましい限りです。(略)日本は、平和と民主義を守るべき大切なものとして日本国憲法をつくった」と述懐された。「平和と民主主義」が天皇から発せられたことに気持ちが高揚した。「英霊」「御霊(みたま)」を叫ぶ人とは違って、幼少期に、あの過酷な戦争を潜(くぐ)り抜けてきた経験に由来するのだろうか、省察的で誠実な言葉の重さがある。天皇制への距離感は別にして傘寿の決意に胸打たれた。

 引き合いに出して恐縮だが、「平和と民主主義」は私の勤務校立命館の教学理念でもある。「禁衛立命」とも言われた戦前の国家主義的学園からの痛苦の反省を踏まえてのものという。ここにも戦争と平和と民主主義の深い相関がある。

 逆説的だが、「平和と民主主義」が脚光を浴び光が当たる時はいつも戦争の影がついて回っている。民主主義を、意見の違いを乗り越え納得して結果を受け入れることを可能とするコミュニケーション・システムとすればその対極にあるのは乱暴な力ずくの論理だ。来月、パラリンピックも始まる。世界のアスリートのフェアプレーに重ねて私たちの未来も観ようと思う。


つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。