ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

エイプリルフールに考えた

ACT―K主宰・精神科医 高木俊介


 先日亡くなった詩人の吉野弘は、子どもが作った詩のコンクールで、盗作を特選にしてしまった経験を書いている。元は「ぞうさん/ぞうさん/お鼻が長いのね」のまど・みちおの詩だった。まどは、子どもは好きな詩を自分のものと思い込んでしまうこともあるから、と許したそうだ。詩人たちは、そこに子どもの純粋さを見たのだろう。

 しかし、自分の子ども時代を思い返すと、嘘(うそ)をついた挙げ句、本当との境目がつかなくなった経験は少なくない。人間は、自分の嘘を自分で信じてしまうこともできるのだろう。

 STAP細胞論文問題では、ノーベル賞級発見が嘘かもしれぬことに世間は驚愕(きょうがく)した。だが実は、科学の世界ではねつ造や盗用は珍しくはない。多くの場合、自分の不正に無自覚であったり、明らかな不正を強引に正当化しているという。

 科学の知見から巨大な利益を得る者の意向は、科学者個人とその集団に大きく影響する。STAP細胞研究にも、再生医療を成長戦略の要とする国の強い圧力が働き、組織全体が正気を失ったのかもしれない。

 逆に、していない罪をしたと信じこまされる場合もある。強制的な虚偽の自白が証拠となったえん罪は多い。DNA鑑定を使った科学的な判断だと言われれば、再審の道も遠くなる。かつてのDNA鑑定が、実は不確かなものだったことが、最近明らかにされている。人間の心や行動には、深い闇に包まれた場所がある。その人間が集まってつくる社会は、さらに複雑でやっかいな代物だ。科学者や法律家は真実を追究する高潔で慎重な人間だと世間は信じている。しかし、科学者も法律家もただの人間であり、科学も司法もその人間の行いである。

 詩を盗作した子どもを非難してすますわけにはいかない。私たち人間は虚偽やごまかしの誘惑に弱い動物だ。そういうものとして、少しでもその害を少なくするように努めるしかない。科学者であれ法律家であれ、政治家であれ。

 …あ、医者もだ。


たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ、54歳。