ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

メリハリで生きる

真宗大谷派僧侶
川村 妙慶



 待ちに待った春がやってきました。新年度に向けて何かと意気込んでいる方、そうは思っても気持ちがついていけない方もおられるでしょう。私の学生時代もまさにそうでした。春になってもボーっとしている私に、亡き母から「メリハリのある生活をしなさい」と言われたものです。

 さて、この「メリハリ」の語源は、尺八の音の出し方からきているそうです。低い音を「減り(めり)」、高い音を「上り・甲(かり)」と呼んでいた邦楽用語で、現代では主に尺八などの管楽器で「浮(か)り」が使われています。この「かり」が一般的な「はり」と言い換えられるようになり「減り張り(メリハリ)」になったとのこと。

 音程を下げるのにはその字のごとく首を沈ませると減り(メリ)、首を上げると高い張る音が出る。これがまさにメリハリのある音なんですね。

 人生もそうです。メリハリをつけて生きるためにはどうしたらいいのでしょうか。一言でいえば、「全力で取り組むこと」と「適当にこなすこと」の区別を付けたらいいのでしょう。しかし、最初はどれを重要視すれば良いのかが分からず戸惑ってしまい、何もかもが中途半端になってしまってわからなくなるのです。

 今度は、気持ちの中での「メリ」です。それは、「すべてに頭を下げられるか」ということではないでしょうか。目の前の人に「いつもありがとう」。食に対して「このいのちをいただきます」と頭を下げられるのか。するとすべてに謙虚な気持ちで生きることができます。そして「ハリ」です。それは私を認め愛し、「これが私なんだ」と堂々と歩いていける人のことではないでしょうか。

 いつも頭を下げることは大切ですが、下ばかりを向くと滅入(めい)ってしまいます。逆に上ばかりを見ると、人の前をかき分けようとし、喧嘩(けんか)になります。ある時には自分を堂々と出す。しかしある時には目立たず謙虚に生きる。そんなメリとハリのバランスをもって生活をすることが大切ですね。


かわむら みょうけい氏
アナウンサー、正念寺(上京区)坊守。メールで悩み相談受け付け。北九州市出身。46歳。