ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

スタンダード

立命館大教授 津止正敏



 介護のある暮らしをスタンダードに、と私たちは主張している。老いや障害で見守りや手助けが必要な家族に寄り添えることが可能な暮らしだ。介護を排除して成り立つような働き方や暮らし方はもう時代遅れではないか。障害児家族に学んだことだ。

 4年も前のことになる。障害のある子どもと暮らす家族のインタビュー調査に取り組んだ。テーマは介護退職。なぜ障害のある子どもと暮らす母親は働けないのか。インタビューを続けるうちにこの課題設定は少し修正を迫られた。働けないと思っていた彼女らの多くが働いていた、のだ。

 生活のために働かなくてはいけない、せっかくのキャリアを継続したい、という理由もあろうが、しかしこうした思いは今も昔も同じだ。何より変わったのは働く環境だ。皮肉なことだが、非正規労働を常態化したこの十数年の雇用環境の変化で、子どもの療育や通学、通院の時間調整で折り合える働き方も生まれた。突発の事故や体調変化にも勤務日時を中断あるいは伸縮し得る職場もある。不安定だけど、まるで「高校生のバイト」のような賃金だけど、だ。ヘルパーやデイサービス、ショートステイという障害児者への在宅サービスの開発も母親の働く環境を後押しした。

 それでも厳しい。働く環境は依然貧しく矛盾も大きい。障害のある子どもと暮らす母親が働くということをまるで育児放棄かのように捉える偏見も根深い。障害のある子だからこそ家族の支えが必要なのに、と。でも彼女たちはいう。仕事を終えて保育所に、通学バス停に、デイサービスセンターに、息せき切って駆け込む。「ギュッと抱きしめる。心から“可愛い”と思える」。24時間育児浸けの時にはなかった感情だ、という。働くことが新しい関係性を創(つく)っている。矛盾の中で胎動する私たちの希望だ。子どもも大事、一緒に暮らす親も大事、ということを承認し支えていく社会─「介護のある暮らしをスタンダードに」というフレーズに込めた願いだ。


つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。