ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

目には見えないけれど

立命館大教授 津止正敏



 障害者の多くは「戦争及び他の形態の暴力の犠牲者である」(1979年、国際障害者年行動計画)。戦争のない平和な社会でしか人びとの人権と福祉は守れないということだが、このメッセージが葬り去られようとしている。

 「早く子ども産んだほうがいいのかな」「私の子どもや孫の時代はどうなるんだろうね」。娘が不安げに呟(つぶや)いた。サッカーのメッシやネイマールというスター選手の凄(すご)さをひとしきり解説した後にふと漏らした不安だ。昨年結婚したばかりなのだが、子どもの話は聞いたことはなかった。「時代」などという社会性ある言葉も口にしたことはない娘なだけに驚いた。そうなんだ、この子たちにはもう戦争ということが過去のことではなく未来のこととして迫っているんだ。

 2000万人の他国の命を奪い、自国の300万人以上の命を犠牲にした先の戦争。その深い反省から不戦と平和の誓いが生まれ、戦後がスタートした。もうすぐ70回目の8月15日がやってくる。人でいえば古希、皆で祝福すべきこの国の節目の年を、すべてリセットするかのような形で迎えようとしている。それもたった一回の閣議決定だけで、といえばやはりおかしい。

 ブラジルでサッカーワールドカップが開催されているこの時期に、深夜手に汗握り世界のスーパープレーに酔いしれているこの時期に、ドタバタと戦争できる国への仲間入りを決めた。やはり間違っている。まるでクーデターだ。軍部の暴走とは違って目には見えないけれど根っこは一緒だ。

 これでいいのかな。本当にこれで大丈夫なのかな。本質はいつも見えるものの奥深くに潜んでいる。誰の目にも見えるようになるには随分と時間がかかる。厄介なのだ。だから気付いた人が気付いた時に気付いたその事を、思い切って拡散していくしかないのだ。

 今日も中東のパレスチナ自治区ガザでは空爆が続き、女性3人と子ども4人が死亡したとの報道が流れた(7月10日)。これが戦争のリアリティーだ。


つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。