ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

ありのままで

真宗大谷派僧侶
川村 妙慶



 町のあちらこちらで「ありのままで〜」というフレーズの曲が聞こえますね。私もつい口ずさんでしまいます。しかし、使い方によってはとても便利な言葉のようで、わからない言葉でもあります。

 ありのまま生きたらいいと言われても、「努力しなくて開き直ればいいのか?」と解釈する人もいるでしょう。あるいは、抑圧されている現状から開放され、自由になりたいという方もおられるでしょう。

 ありのままでとは、「真実に生きよう」という意味です。真実とはサンスクリット語でtattvaといい、「ありのままのすがた」という意味です。

 しかし、私たちは煩悩を持っていますから「ありのまま」をありのままに見ることはできません。つまり、自我という色メガネをかけて見ているから、同じものを見ても、立場や状況や年齢によって見方が変わるのです。つまり「自分の見たいようにしか見ていない」のです。

 「自分のことは自分が一番知っている」といいますが、自分の都合(色メガネ)でしか自分のことを見てないのです。自分の間違いや欠点や愚かさは見えにくいのです。

 ましてや他人の事となると少しでも自分と合わないと攻撃の的となってしまうのです。

 私は師から「ありのままの自分に目覚め いのちの願いに生きよう」とお教えいただきました。自分を大きく見せることなく、逆に卑下することもなく、鏡(仏教では教えの鏡)に映った、そのままの自分を「ありのままに知り、受け取る」ということです。それは、同時に仏さまから「あなたはこのままを、ここで生きてほしい」と「深い願い」の中で生きるということです。そのことを親鸞聖人は、「如来の本願」として明らかにされました。

 私たち一人一人、かけがえのない命をこのまま生かされ、大きな懐に包まれているのです。そのことに気が付かせていただきませんか?わがままではなく、ありのままを。


かわむら みょうけい氏
アナウンサー、正念寺(上京区)坊守。メールで悩み相談受け付け。北九州市出身。46歳。