ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

認知症800万人時代に

ACT―K主宰・精神科医 高木俊介




 「高齢者に認知症462万人、予備軍を含めて800万人」という厚労省の研究班の発表が社会に衝撃を与えている。国の発表する数字は常に用心して見ないといけないが、高齢化が超高速で進むことは確かで、認知症は加齢とともに幾何級数的に増加する。認知症についてどう考え、どう扱うかは、これからの日本人の大きな課題である。

 そして、この数字は「誰でも認知症になりうる」とも読める。だから、認知症問題は人事ではない。やがてみんながなっていく状態を「病気」というのはおかしい。もしかすると認知症は、私たちの人生の一部だと考えたほうがよいのかもしれない。

 だが、認知症は本人にも家族にも重い負担を強いる。ことにBPSDと呼ばれる精神症状、物を盗(と)られたという妄想や幻覚、興奮や徘徊(はいかい)等があると、精神科病院への入院が必要となることが少なくない。しかし、人手が少ない精神科病院では、鎮静剤のために寝たきりになることも多い。

 ところが、認知症とそうでない人の間にはっきりした境目はない。早期に発見されて予備軍と言われる人の多くは、実は本格的な認知症になることはないという研究もある。また死後に解剖すると重症の認知症の脳をしている人が、生前しっかりとした人であったことも多いという。軽い認知症と診断されることで、かえって不安が強まり、急にまるで認知症らしくなってしまうこともある。薬の効果が宣伝されるが、それが本当に個人の病状の進行を遅らせているかどうかは評価のしようがない。

 つまり、わからないことだらけなのである。人類はまだ、認知症を認知できていないのだろう。

 認知症が、私たちの人生の一部なのであれば、私たちは薄明に生まれて、薄闇に死んでいく存在だ。そうした存在であるならば、私たちが赤ん坊や子どもを守り育ててきたように、地域で一緒に暮らしつきあい助けていく作法をつくっていかねばならないのだろう。



たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ、54歳。