ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

夕映えのとき

立命館大教授 津止正敏



 昨年公開され77歳の婚活をテーマにした映画「燦燦(さんさん)」。大ヒットというわけにはいかなかったが、館内には“そうそう”“あるある”と、共感の笑いや囁(ささや)き声が飛び交かった。夫の介護を終えた高齢女性の婚活を明るく肯定的に描いた。結婚相談所も重要な社会ツールとして登場した。

 テーマは同じでも、京都府向日市でおきた事件は全く真逆だった67歳の女性が夫殺害容疑で逮捕されるという事件だ。結婚相談所を介して知り合い、結婚。その一カ月後、夫を青酸化合物で殺害した疑いと報じられている。真相はいずれ司直の手によって明らかにされるに違いないが、その背景に目をやれば高齢社会の深い闇も見えてくる。

 高齢者の孤立、とりわけ男性の孤立の問題だ。厚労省調査によれば、一人暮らし高齢者のうち2週間ほとんど誰とも話をしない人は男性の17%を占め、女性4%に比べても際立っている(2013年、生活と支えあいに関する調査)。一人で暮らす高齢者はもう600万人。20年後には男性の6人に1人、女性では4人に1人になると推計されている。未婚者、離婚者は急増し、夫婦添い遂げたとしても死別は避け難い。子どもの有無、結婚の有無にかかわらず一人で暮らすのが高齢者の主流になる。老後の孤立に関わるテーマはさらに広がるに違いない。

 高齢者の貧困もある。逮捕された容疑者は「生活の安定」「年金では暮らせない」ことを婚活の動機と答えたという。億という遺産を手に入れ浪費しながら何を言うかという向きもあろうが、年金や貯蓄の不安は老後生活の安定を直撃するのは間違いない。古今東西、長寿は誰しもの共通の願いだったはずなのに、名状し難い惨状が高齢社会を覆うというこの不条理。

 いま京都は錦秋に酔う人たちで賑(にぎ)わっている。日沈む西山の向こうには茜(あかね)色に染まる空が眩(まぶ))しい。私たちの人生後半期も色鮮やかに輝く夕映えの社会であってほしい、と切に思う。今度の選挙がその大きな一歩になればいい。



つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。