ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

「家族的責任」という権利

立命館大教授 津止正敏



 育児休業や介護休業を謳(うた)ったILO(国際労働機関)の第156号条約「家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約」。家族的責任条約といわれるこの条約は1981年に採択されたが、日本では育児休業の法制化(92年)と介護休業の導入後の95年にやっと批准となった。介護休業の法施行はそれから4年も待つことになった(99年)。家族的責任と聞くと、何か家族の義務と言われているようにも聞こえるが、そうではない。家族のケアを引きうける事によって男女の労働者が不利益を被ることがないよう条約批准国に各種の労働者保護や便宜提供を義務付けたものだ。労働者にとっては義務ではなくむしろ家族の権利条約ともいえるものだ。「男女の労働者」と言っているところも素晴らしい。

 育児や介護という家族のケアに接続可能な働き方をこそ社会の標準とすべきだが、就業構造基本調査(2012年版)によれば1年で出産・育児退職は26万人、介護退職も10万人に上るという(11年10月〜12年9月)。家族・労働者の権利侵害の最たるものといっていい。

 マタハラという言葉が生まれ深刻な保育所不足も指摘される育児期に比べてもなお全く無防備な状態というのが介護期における雇用や介護の環境ではないか。働きながら介護する人はもう介護者全体の半数を超えるという多数派だ。しかも介護の担い手の多くは40代50代以上の家計を支える働き盛りの人たちだ。働きながらも介護することが可能な多様な働き方、介護サービスの環境整備こそ急務と言えよう。ただ、働き方の多様性とは人件費を圧縮し労務管理コストをスリム化するようなリストラ手法としての多様性では決してない。不安定さを担保にしなくてもいい働き方でなくては労働者の権利にはならないはずだ。

 いま厚労省では、育児・介護休業法改正に向けた見直し作業が始まっている。上記の課題にどう切り込んでいくのだろうか。注視したい。



つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。