ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

過去を引きずる

真宗大谷派僧侶
川村 妙慶



 「あの時、もっと頑張ればよかった」「あの人に言われた言葉が忘れられない」など、過去にあったつらい出来事を引きずってしまう方がいます。どうしてでしょうか。さて、「引く」というのは、力を加えて何かを自分の方に寄せるという意味です。それに加えて「引きずる」とは、さらに「いつまでも離さないでいる」という意味です。嫌なことをいつまでも引きずってしまうのは、「自分にとって受け入れられない現実を自らつかんで離せない状態」なのでしょう。

 ではどうしたらいいのでしょうか?簡単です。その嫌な出来事を手放せばいいのです。しかし、それができないから悩むのですね。

 さて、私には「風」さんとあだ名をつけている友人がいます。なぜなら風のようにいつも自然体で流れのままに生きているからです。「嫌なことがあった時はどうしている?」と聞くと、「発散しています」と答えました。誰だって後悔したり、クヨクヨもする。その時は風向きを変え、全く違うことをしたり、音楽を聞いたり、ある時には適量のお酒を飲み、気持ちを切り替えているとおっしゃいます。

 仏教ではあるものをつかんではなさないことを「執着」といいます。執着は好きなものだけではありません。嫌いな事にも執着します。相手に憎しみを持つことです。嫌いなのに、その人に関心を持ち続けてしまうのです。憎い人ほど「自分自身を受け入れてほしい」という気持ちが強くなるのでしょう。つまり引きずるのは、自分の思い通りに納得したいことの執着なのです。残念ながらすべてに納得できている人はまずいません。そのことを知るしかありません。

 大切なのは、過去の嫌な出来事は、これからの人生のエネルギーに生かすことなのでしょう。状況によっては正直に胸の内を話し合うことも大切でしょう。ある時は「こんなこともあるよね」と悠然(ゆうぜん)と構えて、違う方向に目を向けることなのですね。


かわむら みょうけい氏
アナウンサー、正念寺(上京区)坊守。メールで悩み相談受け付け。北九州市出身。46歳。