ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

認知症者の一人暮らし







 「堀田さん、あそこにHさんがおられますよ」と、車を運転してくれていた羽田冨美江さんが教えてくれた。

 「あの車椅子に乗ってる方ですか」

 「いいえ、押してるほうの人です」

 Hさんは要介護5のはず、その方が車椅子を押している?確かにデイサービスの職員も一緒ではあるが、それにしても、おしゃれして車椅子の付き添いとは!?

 広島県福山市の海沿いに伸びる鞆の浦は歴史ある街、人々の絆は深い。古民家をデイサービスなどに生かしているさくらホームの羽田冨美江さんを訪ねて、認知症者の一人暮らしを支えるコツを聞いた。

 「地域の協力です」魅力あふれる笑顔で明快な答え。

 鞆の浦で育って東京で洋裁を習ったHさんは、年を経て故郷に戻り、洋裁業を続けていたが、同居していた母と弟が相次いで亡くなり、認知症が出てきた。徘徊(はいかい)して危ないというので施設入所の話も出たが、羽田さんと町内会長のYさんは「しかし、自宅で暮らして皆と顔を合わせてるからHさんは元気なんで、施設に入れるのはどうかしら」。「地域のみんなで見守ろう」と話がまとまり、自宅暮らしが続いて8年。

 はじめの頃は徘徊ルートも分からず、地域の方々で後を追ったり探しまわったこともあったそうだが、やがてそのルートは食事時に母(亡き母)を呼びに行くルートだと分かり、安定。母探しがなくなった後も、散歩する地域は決まっていて、その領域内にいる時は誰もとがめない。その領域を出た時だけ、地域の方々が知らせ合って連れ戻すのだそうな。その領域を出る角には、都合よくお魚屋さんなどの目があって、危険なことは起きないという。

 お目にかかったHさんは心楽しさがにじみ出る笑顔で握手してくれた。

 羽田さんはデイホームから帰る人々を、なるべく自宅でなく、町内のサロンなどに送り届けるのだとか。

 認知症になっても安心して一人で暮らせる街がある。



ほった つとむ氏 1934年宮津市生まれ。京都大法学部卒業。東京地検特捜部検事、最高検検事などを経て、91年に法務大臣官房長を最後に退職。現在、ボランティア活動の普及に取り組む。弁護士。著書に「おごるな上司!」「心の復活」「少年魂」など。