ともに生きる・福祉のページ
京都新聞掲載「ともに生きる」「福祉のページ」の記事をネット上で紹介するコーナーです。
コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

平和のバトン

立命館大教授 津止正敏



 スウェーデンのイエーテボリで開催された「第6回世界介護者会議」(9月4〜6日)に参加してきた。同行した同僚の時折の通訳や、配布されたプリントなどでホンのわずかばかりの情報を得ながら、何とも落ち着きのない数日を過ごした。

 この期間、いくつか考えさせられることもあった。その一つ、繁華街や教会近辺で物乞いする人の多さに驚いた。街角で悲しげに歌う人もいれば、「I need money」と書いた紙を掲げ、缶を差し出す人もいた。なぜ福祉国家スウェーデンに物乞い?日本語の堪能な現地の大学教員に聞けば、その多くがあの流浪の民ロマの人たちだという。「優しい」スウェーデン社会を頼りに数年前から目立って増えているとのことだった。

 また、私が日本を離れたちょうどその頃、シリアの戦闘地域を逃れてギリシャに向かおうとしていた難民のボートが転覆、トルコの海岸に子どもたちの遺体がうちあげられたというニュースが流れた。難民問題がヨーロッパの各国政府と社会を揺るがす問題となっていた。EU(欧州連合)主要国も関与する中東での戦争を背景に、貧困や難民という深刻な政策課題がEU諸国に拡がるという逆説だ。

 日本ではほとんど社会化されていないテーマだけにショックだった。私が参加した会議は介護者をテーマとしたものだったが、ここでも「移民の高齢化」という角度からこれらの問題にアプローチしようとする意見があった。いま現に起こっている事柄を自らのテーマに引き付けながら議論を深めようという姿勢に共感した。私たちに何ができるのだろうか、と教えられることが多かった。

 帰国後、「難民ようこそ」1万人集会(9月9日)がイエーテボリで開かれたことを新聞報道で知った。不条理な戦争で国を逃れ命を奪われる幼い子どもたちと、遠く離れた日本で「だれの子どもも殺させない」と懸命に声を上げ続けるママや学生、労働者など無数の老若男女の行動が、平和というバトンでつながった気がした。



つどめ・まさとし氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる−男性介護者100万人へのエール−』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言−』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」−』、『子育てサークル共同のチカラ−当事者性と地域福祉の視点から−』など。